「4月からはついに残業ゼロです」

首都圏の自動車メーカーに勤める神谷幸一さん(仮名)は溜め息をつく。

「以前は月10万円くらい残業代が出ていましたから、この分だけで年間120万円の減収になるんです。ボーナスだって減るので、もうやっていけません」

まともに影響を受けたのは、高校受験を控える中学3年の長男だ。志望先を有名私立から公立校に変更した。ショックからモチベーションを落としているようだが、納得してもらうしかない。また、11年乗ったマイカーはそろそろ買い替えの時期だが「家のローンもあるのにこれ以上は負担できない」と、しばらくは見送ることに。

一方、妻のパート時間は倍増した。3月までは週3日、午前中4時間だけの勤務だったが、4月からはこれを週5日に増やし、ローテーションによっては午後3時まで働く。

家族の生活パターンも変わってしまった。たとえば定時に会社を出ると7時半過ぎには家に帰り着くが、深夜帰宅が当たり前だった神谷さんにとってはそれも気詰まりだ。みんなで夕食のテーブルを囲んでいても「いないはず」の父親がいるため、妻子の態度はどこかよそよそしい。神谷さんは台所の片づけを手伝い妻のご機嫌をとる。

「向こう(妻)はパートで疲れているうえ、家事負担も増えています。爆発されたらかないません。僕のほうが気を使うのは仕方ないと思います」

気疲れからか、こんな失敗もあった。その日は前日の残業調整で午後3時に退勤した。しかし、子供たちは塾に行く時間だし、妻も夕食の支度で忙しい。仕方なく神谷さんは駅前のパチンコ屋に入ってみた。

「財布に入れてあった1万円を元手にひと勝負しました。ところが、あっという間にお金は蒸発。間の悪いことに、鞄の中には定期代の5万円が入っていました。1万円、2万円と抜き取って……結局、3万円の大損ですよ」

半年前までは毎晩8時過ぎまで残業し、会社近くの居酒屋で一杯やってから帰宅していた。いまは特売で買った2リットル入りの焼酎を家で飲むようになった。つまみはスナック菓子だ。

自宅だからつい油断して飲みすぎてしまう。気がつくと半年で体重が5キロも増え、スーツが窮屈になった。新調もできず散歩でもして減量しようかと思っている。

かつては週末ごとに家族でファミリーレストランや焼肉屋へ出かけていたが、最近は行くとしてもラーメン店ばかりだ。「単品でも満腹するので安上がりです」。

主任クラスの神谷さんは組合員なのでまだ恵まれている。非組合員である管理職は会社から月給3割、ボーナス4割カットを押し付けられたうえ、残業禁止で積み残しになった仕事をカバー、収入減で仕事増という最悪の状態にある。神谷さんには「同期に比べ出世が遅れている」という負い目があったが、今回は逆に「ほどほどの出世で、打撃もほどほど」。ささやかな慰めである。

(尾関裕士、澁谷高晴=撮影 藤川 太=モデル家計簿作成・解説)