公取委が新基準を導入

「独占禁止法は、特定企業が市場で強い価格支配力を持ったり、新規参入が困難になったりするなど、競争の実質的制限につながる企業結合を禁じています」

独占禁止法に詳しいシティユーワ法律事務所の棚村友博弁護士が説明する。企業結合とは合併や株式・事業譲渡などの総称で、公正取引委員会が「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」に従い審査している。

企業結合審査のうち、市場を調査したり事情聴取を行う本格的な審査を「詳細審査」と呼ぶ。

同じ「シェア30%」でも詳細審査不要の合併、必至の合併
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同じ「シェア30%」でも詳細審査不要の合併、必至の合併

「合併審査の運用指針は2007年に全面改定されました。そこで前面に打ち出されているのが、寡占度指数(ハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス=HHI)による判定です」

HHIは業界における各社のシェアのパーセンテージをそれぞれ二乗して合計したものだ。市場の寡占度を測る指標として、欧米では広く用いられている。

参入企業が1社だけ、シェア100%の業界があるとしたら、HHIは100×100=10000となる。これがもっとも寡占度が高い状態だ。

2社が50%ずつ分け合っていれば、50×50+50×50で、HHIは5000。そして4社が25%ずつなら2500と、寡占度が下がるにつれ、指数は小さくなってゆく。

新しい運用指針では、(1)HHIが1500以下、(2)HHIが1500超2500以下で、かつ合併によるHHIの増加が250以下、(3)HHIが2500超で、かつ合併によるHHIの増加が150以下――の場合は、独禁法上問題がないものとみて詳細審査は実施されない。

旧基準にもシェアとHHIが併用されたセーフハーバー(安全港)規定はあったが、厳格すぎ、実際には多くの合併が詳細審査の対象となっていた。

いったん詳細審査となると、企業側は多くの資料を提供したうえ事情聴取を受けるなど、実務上の負担が非常に重くなる。合併が認められるかどうかも公正取引委員会の判断次第となり、認められた場合も一部の事業を切り離すなどの条件がつけられる可能性がある。

このため産業界には、公取委への対応に要する手続き負担が重いうえ、公取委の判断基準も明確でないという不満が強かった。

他社に先手をとられると合併困難に!

他社に先手をとられると合併困難に!

「新基準では詳細審査が行われる可能性がある合併をより狭い範囲に限定し、企業にとってわかりやすくなりました。また従来の審査基準は企業結合によって生まれる新会社の市場シェアが最大のポイントでしたが、新基準ではそれよりも業界全体の寡占度が問題になります。このため同じ合併でも、他社が先に合併して業界全体の寡占度が上がっていると、詳細審査にかかる可能性が結果として高くなるのです」

08年12月、ガソリン業界1位の新日本石油と同6位の新日鉱ホールディングスが経営統合を発表したが、その交渉の過程で「日本でシェア2位のエクソンモービルが、日本事業を手放したがっている」という噂が流れた。新日石・新日鉱側から見れば、もし自分たちより先に2位のエクソンモービルが他社と合併し、業界の寡占度が高まってしまうと、詳細審査を受ける可能性が出てくる。こうした懸念もあって両社は統合を急いだとされる。

世界経済危機の中、新しい合併審査ガイドラインが各業界の再編にどのような影響を与えてゆくのか注目される。

(坂本道浩=撮影)