さらに、この状況認識が、具体的なノウハウの違いをも生んでいく。それは現代風にいえば、「目線」の問題に関わっていた。『論語』をはじめ、他の多くの古典では、人間関係の基本に信頼を置いた。このため、必然的に組織のトップやリーダーの役割を重視していく。

しかも上司を信頼する部下であれば、当然上司のやることを見習おうとするだろう。ならば、

「手本となるトップやリーダーはこうあるべきなのだ」
 「下の手本となる人間こそ道徳を持たなければならない」

といった「下から目線」で、素晴らしいリーダー像を規定していくのが、これらの思想の一つの底流となっていったのだ。

ところが韓非の発想は逆だった。信頼の成り立ちにくい人間関係を前提にしているがゆえに、

「いかに部下を使いこなすか」
 「裏切らせず、いかに服従させるか」

という「上から目線」での組織運営を考えたのだ。

現代のビジネスでたとえると、こんな感じだろうか。ある業界で、大半のコンサルタントが、

「理想の社長のあり方」
 「部下がついてくる社長のあり方」

を説いているなか、一人だけ、

「社長の品性などどうでもいいから、いかに部下をこき使うかのノウハウを習得すべし」

と説くコンサルタントが現れ、見事一人勝ちを収めてしまった……。

他と違う戦略やノウハウを手にしたければ、まず「今までの状況認識を疑い、変えよ」――。これが『韓非子』に学ぶ第一の原則となる。