なぜ、人の行動パターンは状況によって変化するのか。例えば「今すぐ10万円獲得 or 50%で20万円獲得」では「今すぐ10万円獲得」を選ぶ人が多かった。一方、「今すぐマイナス10万円 or 50%でマイナス20万円」では「50%でマイナス20万円」を選ぶ人が多数だった。名古屋商科大学ビジネススクール教授・岩澤 誠一郎氏の行動経済学の授業のひとコマを実況中継しよう――(前編/全2回)。

※本稿は、岩澤誠一郎『ケースメソッドMBA04 行動経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

一万円札を数える女性の手元
写真=iStock.com/st-palette
※写真はイメージです

10万円獲得できるかもしれないが、確実に8万円獲得を選ぶ人の心理

REVIEW「期待効用理論」

【岩澤】問題を議論していきましょう。

【問題1】次の二つの「宝くじ」のうち、どちらかを選べと言われたら、どちらを選びますか?
a|(80%, 100,000円; 20%, 10,000円)
b|(100%, 80,000円)←bを選んだら「今すぐ80,000円をあげます」という意味です。

【問題1】は、80%の確率で10万円獲得できる一方、20%の確率で1万円しか得られないという選択肢aと、今すぐ8万円を獲得できる選択肢bとで、どちらを選ぶか、という問題でした。皆さんの選択をお聞きします。

aを選ばれた方?
(約20%が挙手)

bを選ばれた方?
(約80%が挙手)

およそ8割の方はbを選んだということで、多数派が選んだのはbであるということを確認しましょう。そこでbを選ばれた方にお聞きします。なぜaではなく、bを選びましたか?

【A】bは確実に8万円もらえます。aを選んだら、80%の確率で10万円もらえるとはいえ、20%の確率で1万円しかもらえないわけで、やはりそのリスクは避けたいと思いました。

【岩澤】ありがとう。こういうのが、多くの人の考え方だと思います。このAさんのような考え方、経済学では選択における好みの問題なので「選好(preference)」と呼びますが、Aさんの選好を「リスク回避型」と呼びます。

期待値8万2000円より8万円を選ぶ不思議

リスクというのは「起こり得ることの幅の広さ」のことです。aとbとでは、aのほうが起こり得ることの幅が広いので「リスクが大きい」わけです。そしてAさんはリスクの小さいaを選んだ。ところでAさん、aの期待値を計算すると、0.8×10万円+0.2×1万円=82,000円ですから、bの期待値(8万円)よりも大きいですよね。それでもbのほうがいいですか?

【A】そうですね。このくじを何十回もひけるのであれば、aを選び続けた方がよいのかもしれませんが、一回きりなのであれば、確実なほうを選びます。

【岩澤】一回きりならば、多少期待値が小さくても、リスクの小さいほうを選ぶってことですね。多くの人はAさんのように考えているはずです。そして、多くの人がAさんのように考えて宝くじの選択を行うという経験的な事実を最初に指摘したのは、18世紀、スイスの数学者であるダニエル・ベルヌーイでした。

ベルヌーイ以前の数学者は人々が宝くじを選択するときには「期待値の大きいくじを選ぶ」と考えていました。これに対しベルヌーイは、人々は宝くじの選択を「期待値」ではなく、宝くじの利得から得られる心の満足感のようなもの-これは現在の経済学では「効用(utility)」と呼ばれます-によって行っているのだ、と指摘したのです。

ベルヌーイの考え方は「期待効用理論」という、標準的な経済学の教科書で「不確実性の下での選択」の基礎理論になっているものですので、少し説明しましょう(※1)

※1 Bernoulli (1954, 原著は1738)

ベルヌーイは、人々の心の満足感、効用とその人が保有する資産の関係を議論しました。彼によると、資産と効用との間には、次のような関係があるというのです(図表1)。

ベルヌーイが想定した資産と効用の係関

※2 Kahneman(2011)を翻案。