「腐ったリンゴ効果」で真面目な社員もフリーライダー化

経済学や心理学などの社会科学では、フリーライダーについて多くの理論・実証研究がおこなわれている。それら研究は膨大な数に上るが、少なくとも以下の点ははっきりわかっている。(一)フリーライダー問題は人々の「心がけ」の問題ではなく、「インセンティブ」の問題である。(二)フリーライダーの存在がますますフリーライダーを増殖させる。(一)について、前記の昭和時代と現在の対比を考えてほしい。昭和時代の会社員はフリーライドなどしない真面目な人ばかりで、今はそんな真面目な人が減ってきたのだろうか。筆者はそうは考えていない。

冒頭の粘土層上司だって若いころは「昭和のモーレツサラリーマン世代」であったし、筆者らが現在の大学生に行ったアンケートでは、大学によらず大部分の学生が「就職したらできるだけ仕事を頑張りたい」「上司とのコミュニケーションを大切にしたい」と回答している。世代による価値観の差は、一般に思われているほど大きくはない。それよりもむしろ、昭和時代にはフリーライドしにくい「インセンティブ」を提供する制度や空気がうまくつくられていて、現在ではそれが崩壊してしまったことのほうが重要だろう。(二)について、多くの実験研究で、フリーライダーを取り締まる術のない中で、ひとたびフリーライダーが出現すると、真面目に貢献していた人々までフリーライダー化する、という現象が観察されている(※2)。もし自分の会社で、冒頭に挙げたようなフリーライダーだけがいい目をみて、真面目に頑張っている自分が報われなければ、ヤル気がなくなってくるのは、直観的に理解できるだろう。そのうちに、やがて自分も、できるだけ楽して給料をもらうことだけに腐心するような社員になってしまうかもしれないのだ。

フリーライダーの存在は、周囲のヤル気を削ぎ、さらなるフリーライダーを生み、組織全体のモラルを低下させる。このようにフリーライダーがフリーライダーを生む現象を「腐ったリンゴ効果」と呼ぶ。ラテン語の「1個の腐ったリンゴは、樽の中をすべてダメにする」ということわざに由来した言葉だ。

腐ったリンゴ効果が意味するのは、フリーライダーを野放しにしておくと、その組織は必ず崩壊する、ということである。昭和の職場でこの現象が起きなかったのは、多くの若手社員が「いま頑張っておけば、俺も将来楽な管理職になれる」と思って働いていたからである。しかし現在の日本の雇用環境では、そのような考えを若手社員が持つことは不可能だ。それゆえ、一個の腐ったリンゴは確実に組織を蝕む。