名医とは「患者が患者を呼ぶ」存在といわれる。治療を受けた患者がその医師に心酔して、別の患者を紹介するのである。だが、患者に医師の人間性はわかっても、本当の意味での“手術の技量”はわからない。手術の技量を知りうるのは、同じ手術を行う医師たちである。

今回は、そんな同業者が“いの一番”にあげる名医3人に登場してもらった。

静岡県・長泉町。雪を頂く富士を背にする高台に位置するのが、静岡県立静岡がんセンターだ。その内視鏡治療室で行われていた早期がんの内視鏡治療が約1時間20分で終了した。

患者の胃がんの状態は幅40ミリ、長さ64ミリの粘膜がん(胃壁は5層に分かれ内側から粘膜、粘膜下層、筋層、漿膜下層、漿膜)で、胃の入り口の噴門部にできている。さらに、がん部分のすぐ脇に潰瘍の瘢痕がある。

「少し食道にがんが入っていましたので食道も剥離しました。そして、大きいうえに潰瘍の瘢痕と治療条件としては難しいものでした。施設によっては外科に紹介するところもあります。潰瘍があると粘膜が固く、剥離するのが難しいからでけっして間違いではありません」

<strong>小野裕之</strong>●静岡県立静岡がんセンター内視鏡科部長。1962年、北海道生まれ。87年札幌医科大学医学部卒業後、同大第四内科に入局。国立がんセンター中央病院を経て、2002年の静岡県立静岡がんセンター開院時から現職。
小野裕之●静岡県立静岡がんセンター内視鏡科部長。1962年、北海道生まれ。87年札幌医科大学医学部卒業後、同大第四内科に入局。国立がんセンター中央病院を経て、2002年の静岡県立静岡がんセンター開院時から現職。

と、内視鏡科の小野裕之部長(48歳)はいう。が、小野部長は自らが開発者の一人であるITナイフを使った「内視的粘膜下層剥離術(ESD)」で対応した。

「30ミリ以下で潰瘍瘢痕のある場合は転移のリスクは1%以下というデータがあります。そのため適応拡大となっているのです。患者さんにはしっかりとインフォームド・コンセント(十分な説明を行って同意を得る)を行っています」

ESDでは、筋層の直上の粘膜下層を剥離する。粘膜下層は白っぽく見えるのでITナイフでの剥離は意外に容易。だが、潰瘍瘢痕があると粘膜下層と筋層がくっついて層の区別ができない。

「先ほどの患者さんのように層が見えない場合は、見て切るというより筋層のラインを想定して気持ち深めに切ります。浅めに切ると粘膜層に切れ目が入り、正確な病理診断ができなくなります」

これこそが経験的技量である。

小野部長は今日まで、最大直径150ミリの早期胃がんをESDで治療してきた。

「大きくても1時間30分くらいで終わるケースもありますし、難しいケースでは8、9時間かかります。それだけの時間がかかっても患者さんにとって術後の経過がよければ、内視鏡治療でよかった、と思われます」