職業ならぬ家業だから、一度総理の椅子に座れば、「やっとおじいちゃんのお墓参りができる」とばかりに満足してしまう。1週間もやれば十分で、苦労してまで総理の座に執着しない。辛くなったら簡単に政権を投げ出す。福田氏にしても、前政権の辞任劇との違いを強調していたが、父親の赳夫氏が総理大臣経験者であり、結局、家業としての宰相でしかなかった。

今回の辞任劇の1つの要因となった公明党との対立にしても、民主党党首・小沢一郎氏の元公明党党首・矢野絢也氏への国会証言の脅しにしても、首相には絶対的な強い権限があるのだから、グループリーダーシップを振るえば、徒党を組んで中央突破する方法があったはずである。それを1人で悩んで、さっさと辞任を決めてしまった。

リーダーシップ教育をきちんと受けていたら、そんな無責任なことは絶対にしない。目的遂行のためにいかに自分の部下を動かすかがリーダーの役割であり、結果を出してナンボ。簡単に辞表を出すのはリーダーとしての教育を受けていないからだ。そんな家業としての宰相が安倍氏から麻生太郎氏へと3代も続いてしまうところが、日本の政治の末期的お粗末さである。

今回の自民党総裁選では5人が立候補した。プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化達成を先延ばししてでも景気対策を優先する財政出動派、増税による財政再建重視派、増税に頼らず経済成長により租税収入を増やして財政を健全化すべきと主張する上げ潮派と、それぞれに候補者が出た。

財政再建か、財政出動かとマスコミはわかりやすく煽ったが、二者択一で決められる単純な問題ではない。というより、すべての答えはどこかその中間にある。その最適なところに落ち着くように、うまく操縦するのがリーダーの役割なのである。その意味で上げ潮派の考え方は悪くない。財政再建にしても、財政出動にしても、まず日本経済のパイを大きくしないことには始まらない、という視点は正しい。

問題はどうやってパイを大きくするかだが、上げ潮派の人たちはまだ具体論に乏しい。特別会計の積立金や運用益など隠し財産を引っぺがして使うとか、小さな政府にして無駄遣いを減らすという程度。企業経営でもダメ経営者は売り上げを伸ばす方法がわからず、コストダウンにばかり精を出すものだ。

今後の世界経済の状況から考えても、外需ではなく内需主導で日本経済のパイを広げる方法を考えなければいけない。サッチャー氏が徹底的な規制緩和を実施してイギリス経済を蘇らせ、プーチン氏がフラットタックス導入でロシア経済を一気に活性化させたように、内需を刺激する「手段」が日本にもあるはずだ。