本書は、ウォール・ストリート・ジャーナルの敏腕記者がリーマンショック前から欧米を中心に水面下で起きていた「大恐慌以来、最も深刻」(IMF)な危機がなぜ勃発し、なぜ事前に防げなかったのかに関し、豊富な取材を交えながら分析を試みている。グローバル化が深化し、今や運命共同体となった世界経済の船長だと多くの人が信じていた米連邦準備制度理事会(FRB)議長が、いかに時代錯誤な海図(もちろんFRBは最も優れた海図と思っている)を頼りに航海していたかがわかり、改めて愕然とする。

例えば、「中央銀行は資産価格の上昇をめざすべきだ」(88ページ)というグリーンスパンの基本的な考え方からすれば、今回の大パニックはバブルをあえて止めなかった結果起きた人災だとはっきりする。バーナンキも同様に、FRBは信用バブルを制御できないと考えている(378ページ)。米国の権威の失墜は、政治・軍事面だけではない。

2016年のシカゴでの五輪開催に全力を挙げたが、4都市中最下位。今回のトロントのG20では、財政規律優先か景気優先かでドイツのメルケル首相に軍配が上がった。もはや米国に新時代の設計能力がないのでは、と徐々に世界が疑いはじめたのだ。

『バーナンキは正しかったか?』デイビッド・ウェッセル著 藤井清美訳 朝日新聞出版 本体価格2500円+税

それを裏付けるのが、08年10月23日下院政府改革委員会におけるグリーンスパンの発言だ。「問題は、きわめて堅固な建物に見えていたもの、市場競争と自由競争にとってきわめて重要な柱に見えていたものが崩壊したことなのです。私は衝撃を受けました。……なぜそのようなことが起きたのか、いまだに完全に理解できていません」(96ページ)。ワックスマン委員長が「つまり、あなたの世界観、あなたの理念は正しくなかった、うまく機能していなかったと気づいたということですか」と問うと、グリーンスパンは「そのとおり」と答えている。18年もの長きにわたって世界の金融資本市場に君臨してきた“神様”の哀れな末路であった。

地に墜ちた“神様”の後を継いだバーナンキFRB議長は08年9月15日を境に「新しいスローガンを採用して」「必要なことは何でもやる」(42ページ)ことを明らかにした。この日以降、皮肉にもバーナンキは10年余り前、デフレに直面した日本銀行に提言したことを、自らFRB議長として「破綻したパラダイム」(17ページ)を捨てて実行することになる。10年に入ると、米消費者物価の増加率がゼロないしマイナスに鈍り、バブル崩壊後の日本の1990年代後半と同じ状況に陥っている。

本書は07年以降のバーナンキの対応が正しかったどうかに焦点を当てているが、最後の章を読むと、数年後にはバーナンキの30年代大恐慌時のデフレ研究が21世紀にも果たして役立ったのか……というテーマで続編が出てくるのではとの期待を抱かせる。