新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車は直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第2回は「壁管理と白板の活用」——。
トヨタ自動車の入社式で、新入社員を前にあいさつする豊田章男社長=2019年4月1日、愛知県豊田市の同社本社
写真=時事通信フォト
トヨタ自動車の入社式で、新入社員を前にあいさつする豊田章男社長=2019年4月1日、愛知県豊田市の同社本社

部屋には机、事務用品、地図と白板だけ

豊田市にあるトヨタ本社に事務3号館と呼ばれるビルがある。一階にある大部屋は机を並べても優に100人は仕事ができる。

事務3号館の大部屋に新型コロナ危機に対応するため、生産・物流の対策本部ができたのは2月4日だった。

なお、対策本部は生産現場だけではなく、調達本部、総務・人事部門でも発足する。しかし、もっとも人数が多く、また解決する課題が多いのは生産・物流現場のそれだ。他の本部の対策会議にはそれほどの人数は出てこない。対策本部だからといって、特別な看板を掛けるわけではない。部屋には机、事務用品、壁に日本地図、世界地図を貼り付け、大きな白板とTV会議システムがあるだけだ。

今回のコロナ対応の危機対策会議には調達、総務・人事の本部長、担当者らはTVで参加した。生産・物流だけでは対応できない課題も多かったからだ。

本部の会議を仕切る責任者で座長は朝倉正司。危機管理のプロである。

危機管理人の朝倉と話していると、「似ている」と思う人物が頭に浮かぶ。名優、ハーベイ・カイテルが演じた危機管理のプロ「ザ・ウルフ」である。ザ・ウルフはクエンティン・タランティーノ監督がカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した映画『パルプ・フィクション』(1994年)に出てくる。

危機管理の真髄が詰まっている名作

ザ・ウルフはジョン・トラボルタ扮する主人公とその相棒が死体の処理に困っている時、タキシード姿でやってくる。

口ひげを生やし、タキシードを着たザ・ウルフは「ホームパーティをやっていたから」とうそぶき、ふたりに話を聞き、状況を把握すると、瞬時に指示をして処理してしまう。その間、まったく焦ったり、怒鳴ったりはしない。

「コーヒーを一杯頼む」と悠揚迫らざる態度で事にあたる。処理が終わると、「急いでいるから」とホンダのスポーツカーNSXに乗ってアクセルをふかして走り去ってしまう。

ザ・ウルフは危機における情報の把握が早く、ソリューションの指示が的を射ている。絶対にあわてない。

危機管理におけるリーダーの仕事を知りたければ、本を読むよりも、『パルプ・フィクション』を見て、ザ・ウルフの仕事のやり方と態度を見た方がいい。