社員10万人が「出来るまでやる」

昨秋の「リーマン・ショック」の後、世界での売上高が一気に半減した。右肩上がりで伸びてきた利益が7-9月期をピークに、がくん、と落ちた。急きょ、先行きの見通しを予測させると、09年1-3月期だけで300億円もの赤字が出る、と出た。創業以来最大の「困難」だ。驚いて、大恐慌後の1930年代に米国がどう復活したかに言及した本を、むさぼるように読む。すると、大不況から早々と抜け出し、業績を急回復させ、過去最高益を更新さえした企業が何社もあった、と知る。

そこから浮かんだ解決策が「WPR」のアイデアだ。WPRとは「Double Profit Ratio」の略。直訳すれば「利益倍増比率」となるが、要するに収益改善のためのノウハウの結集だ。長年の経験や知識から考えうることを洗いざらい並べ、ファイルにまとめ、1月からグループ全社で実践させた。続いて、社員たちからもアイデアを募集した。3000項目でスタートしたWPRが、8000項目に膨らんだ。ファイルは250ページに及び、実践する社員は大変だ。やるべきことが多く、ひとときも手を緩めるわけにはいかない。何しろ「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」が日本電産の精神。グループ約10万人は、毎日、必死だ。

「陥之死地然後生」(これを死地に陥れて、しかる後に生く)――部下たちを死地に投じてこそ、活路は開け、生き残れる。そんな『孫子』の教えが、永守イズムに重なる。

でも、利益は、すぐに回復へ向かう。4-6月期には、営業利益が100億円を超えた。賃金カットも半年で終わる。「辛いことは、早くやって早く終える」のモットーを「WPR」が支えた。劇的な効果に「これは、ノーベル経済学賞がもらえるな」と言って、社内を湧かせた。

生まれ故郷で本拠地を置く京都では、古都らしく、様々な祭りや行事がある。当然、寄付の要請も多い。最近、CSR(企業の社会的責任)に関する活動には力を入れている。だが、どんなことにも「身分相応」というものがある。だから、近隣である地蔵盆にも、最初は1万円だけ出させてもらった。でも、会社が大きくなり、自分たちの生活水準が上がってくれば、3万円、5万円と上げていかなくてはいけない。それも「身分相応」だ。踊りの切符でも、同じだ。京都の会社の中には、日本電産が10万円を出したケースに、身分不相応に1000万円も出したところがあったが、つぶれた。

ただ、地域社会には、ずいぶん世話になってきた。会社がここまで大きくなったら、それなりにやらないといけない。でも、いま、京都にオペラハウスをつくるようなことはしない。たしかに、京都にはオペラハウスがなく、大阪や滋賀までいかないと楽しめない。やはり、一つはほしい。でも、まだまだ、いい格好などしたらいけない。いまの数倍、3000億円くらいの利益が出せて、頼まれれば、やってもいい。

世界同時不況の先行きに、強い危機感を感じる。かつて「60歳になったら社長を辞める」と言ったが、「売上高1兆円」を目標に掲げて、「実現するまでやる」と修正した。今度は「10兆円企業」で、「死ぬまで社長をやる」と覚悟した。京都の人々に、オペラハウスをプレゼントするためにも、死ぬまで働く。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)