「日本はアジアのリーダー」という幻想

2020年8月、あの惨劇から75年の節目を迎えた。日本は戦後一貫して「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と前文に掲げる憲法を守り、他国との摩擦・衝突を回避することに専念してきた。この間の発展で「日本は豊かで強い国」「アジアのリーダー」とプライドを抱いてきた国民は多い。だが、そろそろ「幻想」から脱却する時を迎えているのかもしれない。

尖閣諸島を取り巻く状況
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残念ながら今や米国と激しくしのぎを削る中国はしたたかに、時に敵意をむき出しに軍事的覇権主義を突っ走っているのである。そう、「眠れる獅子」と言われたのは昔の話。むしろ、眠っているのは平和ボケした日本だけという惨状だ。新冷戦時代を迎え、米国を中心とする対中包囲網の動きが加速する中、わが国の為政者からはこの国を守る「覚悟」を感じることができない。

再び戦禍をもたらすのは誰もが反対する。語り継がれる惨劇に改めて「不戦の誓い」をした方々は多いだろう。だが、平和は日本のみが追求すれば維持できるほど優しいものではない。もはや、そのような時代は幕を閉じたといっても言い過ぎではないだろう。

今、わが国が考えるべきは米国と肩を並べる超大国になった中国との関係だ。2010年に国内総生産(GDP)が日本を抜いて世界2位となり、経済大国となった中国は「世界の暴君」となっている。軍拡路線を突き進み、東シナ海や南シナ海で周辺国との摩擦・衝突を執拗に繰り返しているのだ。その姿勢は人気漫画『ドラえもん』のジャイアンの「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの」を思い出させる。ドラえもんは子供から大人まで楽しめるが、現実はあまりに冷厳だ。