そのとき、私の意識の大半は競合へは向いていませんでした。レッドオーシャンでマーケットの取り合いをするなら競合に目を向けるでしょう。しかし社員数も規模も総合力も格段に勝るソニーさんやマイクロソフトさんを相手にいかにパワーゲームで勝つかではなく、任天堂のゲームに何の興味も示さなかった人たちがどうすればこっちを向いてくれるかを考えることに圧倒的な時間を使った。競合意識の非常に低い経営者でした。

同じものを出したらあかん。同じことをやって競争したらケンカの強いヤツが勝つに決まっとる。任天堂は力のケンカなどするな。よそと違うから価値があるんや。前社長の山内が盛んにいっていた言葉です。ここにDNAがある。

ゲームキューブも自分たちは違うものをつくったつもりでもお客から見ると同じことをやっていた。業界全体がかかっていた病気に任天堂もかかっていた。その意味で、山内は私を後継に据えることで過去の成功体験を断ち切り、DNAを呼び覚ましたといえます。任天堂は重厚長大なものばかりつくっていては駄目だ。軽薄短小でお客を満足させることを考えろ。山内がいっていたことを、私はWiiで実践することになったのです」

▼任天堂の戦略転換は、競争に勝つという「相対価値」の追求から、自分たちの思いや価値観を大切にする「絶対価値」重視への転換を意味する。創造的思考は自らの絶対価値を再認識する中で芽生えてくることを学ぶべきだろう。

【POINT:2】 「三次元の議事録」によりコンセプトを共有する

岩田氏が語るように「家族全員に触ってもらえるゲーム」というコンセプトはすぐに賛同を得られたわけではなかった。実現にこぎ着けたプロセスには任天堂ならではの組織風土が浮かび上がる。

岩田「コンセプトを実現していくための課題は大きく2つありました。5歳から95歳まで楽しめて、お母さんを敵に回さないゲームをつくるとスローガンを掲げても社内には簡単には響きません。これをいかに共有していくかです。

もう1つは、非連続な変化を起こし、ゲーム人口拡大を目指す方向性は決まっても、どうすれば可能なのか、どんなものをつくるのか、具体的な出口がわからなかったことです。コンセプトを組織に浸透させつつ出口を見つけていく。それには一歩一歩進むしかありませんでした。