このように格付けは人の判断で行われるもので、絶対に正しいわけではない(そもそも絶対に正しい信用リスク分析がこの世に存在するなら、銀行や消費者金融会社は苦労しない)。格付会社は民間企業であり、収益を追求しなくてはならず、アナリストの数も限られている。また、社債の格付けは一件あたり500万円程度の手数料が入るが、既存の格付けの見直しは、一切手数料が入らないので、後回しにされがちである。さらに、投資適格から投機的等級に下げると、格付けされている企業(あるいは国)に対する影響が大きいので、格下げに慎重になる。こうした事情を逆手にとったのが、投資銀行だった。

米議会の追及を受けるリーマンのリチャード・ファルド氏(左)。(写真=AP/AFLO)
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米議会の追及を受けるリーマンのリチャード・ファルド氏(左)。(写真=AP/AFLO)

サブプライム・ローン問題に端を発し、リーマン・ブラザーズ破綻につながった世界的金融危機の原因を一言でいうと、2000年前後からブームになったCDO(債務担保証券)の価格が大幅に下落し、世界中の金融機関が莫大な評価損を出したり、追加の担保差し入れを求められて資金繰りに窮したことだ。ピーク時に全世界で2兆ドル以上に達したといわれるCDOは、数十から百程度の融資債権、社債、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などを束ねて一つの証券にし、それを返済の優先順位が異なる五つから十程度のトランシェ(部分)に切り分け、トランシェごとに格付けを取って投資家に販売した複雑な金融商品である。さらにいくつかのCDOを束ねた「CDOスクエアード(スクエアードは二乗という意味)」というCDOまで作られた。

CDOの格付けは、コンピューター・モデルに様々なデータを入れて弾き出し、最終的に格付委員会で微調整をして決定する。最も基本的なデータは、そのCDOの中に入っている融資債権や社債の格付けである。ところが格付けが現実の動きに追いついていなかったり、投機的等級への格下げを格付会社が躊躇しているケースもあり、同じシングルAでも、トリプルAに近いぴかぴかのシングルAもあれば、シングルBにしてもいいようなぼろぼろのシングルAもある。ところが格付会社は、そのような場合、一律にシングルAをコンピューター・モデルに入力していたのである。違う格付けを入力すると、格付けを自己否定することになるからだ。

これを悪用したのが、CDOを組成する投資銀行だった。大幅赤字決算が確実であるなど、本来格下げになってしかるべきなのに、まだそうなっていない企業を探し出し、社債を流通市場で買ったり、そうした企業を参照債権とするCDSを作り、CDOに組み込んだのだ。たとえ格下げになっていなくても社債やCDSの利回りは、企業の信用状態を敏感に反映して高いものになるので、格付けの割りに利回りが高いCDOを作ることができる。

当時でいうと、クライスラー、三洋電機、ソニーなどで、最も利用されたのが、実質的に破綻していたにもかかわらず、トリプルBの格付けを維持していたGMとフォードだった。CDOの組成に携わっていたことがある米系投資銀行の元社員は「あの頃は、新たに作られるCDOの9割にGMとフォードが入っていた」と語っている。トリプルBの社債やCDSの利回りは(ドル建てであれば)米国債プラス1.5パーセント程度が普通だが、GMは一時8.5パーセント、フォードは6.7パーセントに達していた。GMやフォードが破綻したとき、この種のCDOが、サブプライム・ローンを組み込んだCDO同様、一挙に格下げされ、莫大な評価損や担保不足を投資家にもたらしたのである。

金融機関や投資家が何にもとづいてCDOを買っていたかというと格付けである。かつて2002年にムーディーズが日本国債をボツワナ以下のA2に格下げしたために轟々たる議論が湧き起こり、財務省がムーディーズに抗議し、ムーディーズ本社の格付け担当者が国会に参考人招致されたりしたが、ムーディーズと日本側の議論は最後まで平行線だった。日本一国の格付けだけでもそれほど揉めるのに、何十もの債権が入っているCDOの信用リスクを正しく把握することは、たとえ銀行やプロの機関投資家でも不可能で、彼らは盲目的に格付けを信用していた。こうしたCDOのリスク分析をしている会社に鎌倉(Kamakura Corporation)、SBIアルスノーバ・リサーチといった会社があるが、CDOの値下がりに慌てふためいた世界の名だたる一流銀行が、彼らに「すぐに来て、うちのポートフォリオのリスクを分析してくれ」と依頼してきたという。