前回、インタビューをさせていただいた石鍋博子さんが主宰するワンピース倶楽部が1年に一度、開催しているコレクション展である「ワンピース倶楽部展 vol.2 はじめてかもしれない」展を見てきました。63点の作品が展示され、オープニングにはアーティストも参加し、非常に盛り上がっていました。この展覧会で面白いなあ、と感じたのは、通常のアーティスト名、作品タイトルに交じって、「購入理由」が掲載されていたことです。その作品と出会った時の自分の気持ちだとか、家族の誕生日とか、あるいは作品に眼が釘付けになった等の購入理由があり、そのひとつひとつがとても新鮮な気持ちにさせてくれたのです。

「大地の芸術祭-越後妻有アートトリエンナーレ2009」
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「大地の芸術祭-越後妻有アートトリエンナーレ2009」

また、今年になって、いくつかの公募展の審査員をしました。公募展には毎回、たくさんの応募があります。まず応募するアーティストは自分の作品がわかるようなファイルを作成し、それを事務局へ送付、膨大な資料を事務局がチェックします。応募規定にきちんと合っているかどうかとか、プロフィールや展覧会歴などが揃っているかなどをチェックした後、審査員がそのファイルを元に、最終審査に残るアーティストを選ぶという方法が一般的です。さらに、最終審査では、実物作品を見ながら、点数を付けていき、高得点のアーティストが最優秀賞やグランプリになる、というプロセスを踏みます。

今回、面白い経験をしました。というのは、審査員全員が選んだ最優秀賞が別々でなおかつ、票が重なる作品が1つもなかったのです。これはどういうことを意味するかというと、それだけ評価というものがバラバラなのだ、ということです。さらに言えば、審査の過程で、ディスカッションを重ねているうちに、どうやら審査員の中でも傾向が2つに分かれている、ということがわかってきました。それは、海外のアーティストと比較しても力量があると思って選んでいる、いわば国際派と、完全に日本国内のマーケットを視野にしていて海外での評価は関係ない、と思っている国内派です。

言うまでもありませんが、私は前者の国際派、つまり海外でも通用するかどうか、という観点で作品を選んでいました。後者の審査員の言い分では「国際的である必要はない。伝統の技術や美学センスが高いものを選んだ」ということでした。その時に質問をしてみました。国内派の選んだ作品が海外の有名アーティストの作品と酷似していたからです。その返事が驚きでした。「山口さんは海外の作品をいっぱい見ているからそういうことを言うけれど、一般的な人はそんな外国アーティストなんて知らないし、良いものはいいんだよ」との返事でありました。

私は21世紀のこの時代に、国内市場だけを生きていくアーティストなど通用しないと思っていますし、情報のグローバル化の中で、そのアイデンティティを明確化しない作品など有り得ないと考えています。しかし同時に作品を見る目というものを養うということは難しいなあと改めて思いました。