「希望退職の募集や指名解雇などはまったくせず、取引先や関係諸団体に受け皿をつくって、出向なり転籍という形で、人を減らしてきました。人事とは、人間が相手だから、義理人情の世界。人間って、論理で負けたら、怨念しか残さない。でも、全人格的に負けたら、子分になってしまう」。人事畑出身というと、冷静でクールで官僚的という固定観念が強いが、久代の印象は異なる。本人はぱっと見、少し強面の自分を気にしているようだが、失礼ながら笑顔は意外とかわいい。

マルハニチロは、漁業をめぐる経営環境の変化に翻弄され、過去数十年間、負の遺産の処理に追われてきた。結果、売り上げ規模は8000億円台もありながら、営業利益率は1%台、自己資本比率も約13%と財務体質も強固とはいえない。安定収益体制を実現するために、久代がこなすべき課題は大きく3つある。

一つは成長のための海外事業の拡大だ。現在、マルハニチロの海外売上比率は1割と低い。国内では魚の消費量が減っているが、海外では健康志向の高まりと新興国の所得水準の上昇から、先進国、新興国とも魚の消費量は増えている。

二つ目は利益を出せない「不良息子」たちの整理整頓。「コア事業と関連の薄いものを中心に、改善の見込みがないものは、早く清算する」覚悟で臨む。

そして、マルハニチロの統合の集大成を目指す。すでに、事務所や工場の統廃合、物流費の改善などで、コスト面の統合効果は出ているという。だから、次は事業面でのコラボレーションだ。

「旧マルハは、全世界をまたにかけ、水産物や畜産物という食糧資源の調達では、日本企業のなかにおいても、抜きん出た力を持っている。旧ニチロは冷凍食品を中心とする加工食品の技術開発力では、大変高度なものがある。この素晴らしい2つの遺伝子を組み合わせて、拡大発展させていきたい」

社内には、マルハニチロの両輪である、水産も食品も経験していない久代の手腕を、不安視する声もある。だが、人事の経験を通して育んできた人情味あふれるその個性を、直に社員たちに伝えれば、マルハニチロの従業員の心は一つになるのではないだろうか。(文中敬称略)

(門間新弥=撮影)