度胸を試された交渉後のウオツカ

ソニーCISでの任期を終えた駐在員には「黒帯授与式」が行われる。日比氏が始めた儀式で、日比氏も自分がモスクワを出るときは黒帯をつくってほしいと部下に頼んでいるという。「厳しい環境をともに闘った団結力は強い。10年後に黒帯をもってみんなで集まったときは、うまい酒が飲めるだろうと楽しみにしています」。
ソニーCISでの任期を終えた駐在員には「黒帯授与式」が行われる。日比氏が始めた儀式で、日比氏も自分がモスクワを出るときは黒帯をつくってほしいと部下に頼んでいるという。「厳しい環境をともに闘った団結力は強い。10年後に黒帯をもってみんなで集まったときは、うまい酒が飲めるだろうと楽しみにしています」。

高い目標値。単身辺地に赴き、販路を開拓する。ロシア人は交渉は厳しいが、ひとたび信用されれば、とことん面倒を見てくれる。交渉後の夜のウオツカの飲みっぷりで度胸を試され、難交渉が翌日には妥結したりする。日比自身、ロシア人以上にウオツカを飲んだ自負がある。数々の試練を経て鍛えられ、帰任する駐在員には“卒業記念”の特注の黒帯が贈られる。どこに移っても通用する証だ。

「迷ったら踏み込め」「ショウ・アワ・スピリット」――2つの言葉を日比は会社の標語に掲げる。ひと言でいえば、「闘魂」だ。困難を避けず、果敢に挑む気構えを示すこの言葉を好んで使う。
「社内に“闘魂”が根づいてきたな」

着任3年。今確かな手応えを感じる。ロシア人社員たちも自分たちの取り組みを「闘魂プロジェクト」と呼ぶ。世界同時金融不安により、BRICsの経済成長も減速傾向といわれる。しかし、98年の危機をくぐり抜けた社員たちは、当時とは基盤の強さが違うことを知っている。重要なのはソニーがロシアにどう根を張るかだ。その戦略を筒井が語る。

「ロシアでブロードバンド化が進み、機器がネットワーク接続されたとき、映画に音楽にゲームにと多様なグループ資産を持つソニーは他社の提供できない価値を生み出せる。新しいライフスタイルを生み出せれば、優位性を確保できます」

グループ戦略を練るため、筒井は会長直轄プロジェクトにも関わる。その実行を担うのが現場の部隊だ。日比が話す。

「僕もいつか黒帯を手にCIS道場を卒業する日がきます。それまでは常に踏み込む。見送りの三振をするなら、空振りの三振をしたほうがいい。腹をくくれば、必ず結果に結びつくと信じています」

現在、ロシアでの市場シェアはサムスン16%に対し、ソニー14%と差はわずか。日比が黒帯を手にするとき、筒井の無念は晴れているか。すべてはソニーの闘魂にかかっている。(文中敬称略)

(的野弘治=撮影)