書店の店頭で、クレームをつけている中年男性が、急に態度を豹変させる現場を何度も目にしたことがある。

最初、若い女性店員が対応に出ると、居丈高な態度で怒鳴ったりするのだが、中年男性の責任者に変わった途端、コロッと態度が大人しくなってしまうのだ。

逆に筆者自身、こんな経験をしたこともある。背広姿で近所の商店街に買い物に行くと、お店のおばちゃんは丁寧語を使うのに、Tシャツと短パンで行くとタメ口や命令口調の会話になり……。

要は、多くの人は、相手を見た目で判断し、あからさまに態度を変えて来るという話なのだが、おそらく、この習性をうまく操って成果を上げたのが、魏の将軍だった司馬仲達(名は懿(い)、字(あざな)が仲達)だ。

彼は晩年にこんな面白いエピソードを残している。

諸葛孔明とのライバル対決で名高い司馬仲達だが、晩年は魏の長老として絶大な影響力を持ち、幼い皇帝・曹芳の後見も任されていた。

ところが、彼とともに後見人をつとめた大将軍・曹爽の腹心グループが政治の実権を握るようになると、仲達を目の敵にし、包囲網を敷いてくる。結局、仲達は病気を口実に自宅に引き籠ってしまった。

248年、曹爽グループの1人・李勝が、荊州への赴任の挨拶をかねて、仲達の様子を探りにいった。すると目の前に現れたのは、いかにも耄碌した姿の仲達だった。

彼は、ずり落ちた衣服を女中2人に直してもらったり、粥を食べさせてもらうのだが、うまく啜りこめずにみなポタポタと胸のあたりにこぼしてしまう。

李勝は、痛ましさのあまり落涙した。

「天子はまだ幼く、天下の人々は、あなたを杖とも柱ともたのんでおります。そのあなたがかねがね持病の中風に苦しまれているとは聞いておりましたが、まさか、これほどのご病状とは……」