生命の起源は現代科学の第一級のテーマであり、さまざまな分野の研究者が取り組んでいる。宇宙空間から生命の種が地球に飛来し、最初の生命となったという考え方がある。「パンスペルミア説」と呼ばれるものだが、本書は生命の宇宙起源論について、科学的な根拠に基づいてわかりやすく解説した本である。

著者の専門は深海生態学・地底微生物学であり、極限状況の生命を追い求めてきた。科学を伝える啓発書の執筆に長けたアウトリーチの担い手でもある。

パンスペルミア説とは「宇宙には『生命の胚種』のようなものが飛び交っていて、それが地球のような天体に飛来し、その天体での生命の起源となるという説である。(中略)パンはpan(汎)、スペルミアはspermia(生命の種)である」(74ページ)。

地球上には生命の痕跡が38億年前から確認されているが、当時の地球は二酸化炭素と水蒸気の分厚い大気の下に熱水の海が広がっていた。こうした「原始スープの海(中略)から前生命物質ができ、そこからさらに(ものすごいギャップを飛び越えて)」(29ページ)生物が誕生した。この「ものすごいギャップ」について、本書は白熱の議論を紹介する。

これまで大部分の科学者は、生命は地球上に自力で生まれたと考えてきた。すなわち「地球のことは地球でという姿勢、つまり、不可知の範囲を地球内に限ろう」(75ページ)とした。それに対して著者は「ローカルな出来事に囚われるあまりに、パンスペルミア説のユニバーサルな視点」(75ページ)を無視していると警鐘を鳴らす。

ところで、こうした自然科学の本を繙(ひもと)く際には、2つの読み方がある。すでに確立した内容を学びながら読んでいく場合。もう一つは、これから新しい定説となるか、もしくは泡沫的な疑似科学で終わるのかを考えながら、最先端の研究を解読してゆく場合。生命の宇宙起源論を説く本書を、評者は後者の立場でワクワクしながら読み進めていった。新しい仮説を見きわめてゆく作業は、知的興奮に包まれる楽しい時間なのだ。

著者はユーモラスにこう告白する。「パンスペルミア説への世間の風当たりは強い。(中略)パンスペルミア説への賛意を表明するのは、隠れキリシタンが信仰告白するようなものである。(中略)しかし、『私は、パンスペルミアは嫌いだ』という人が学界の大御所だったらどうだろう。(中略)そんなことを考えて、僕はパンスペルミア説の隠れキリシタンでいた」(1ページ)。まるで、天動説が世界を支配していた時代に、地動説を応援したガリレイではないか。

本書に書かれた仮説の立て方、研究者の直観と実証、常識を覆していくダイナミックな論法、を大いに楽しんでいただきたい。科学者はどんな奇抜なアイデアからも虚心坦懐にデータを吟味し、論理を検証する。その結果、いつしか仮説は新たな定説となってゆくのである。