下の人間に任せる勇気があれば、時間はいくらでも生まれる。それが私の実践する時間管理術の基本だ。専務時代、営業企画本部長を務めたときもそうだ。もう一人の担当役員だった副本部長の取締役に相当部分を任せた。私があまり動くと逆に副本部長の仕事が浮いてしまう。

「副」の役割が形式化している組織はたいてい、上が動きすぎているはずだ。

下に任せれば、本来すべき上の仕事ができるのに、下に任せないため下の仕事までしてしまう。「忙しい」とこぼす上司は任せることができず、自分で首を絞めているのではないか。それは自信のなさの表れでもある。もし、社内の各層ごとに下に任せる意識が徹底されれば、組織全体で会議に費やされる時間の総量はかなり削減されることだろう。

ただ、任せるといった場合、本当の意味での権限委譲と、任せるという名目での責任放棄や放任とではまったく異なる。私が人に任せることができるのは、そのための準備を十分に行い、任せられる仕組みをつくってあるからだ。一つは人選だ。社長に就任した際も、それぞれの基幹業務を任せることができるかどうかという基準で人材を各ポストに就けた。

もう一つは、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)がスムーズに行われる仕組みだ。別に正式な手続きは必要なく、社長室にはいつでも入ってきてかまわない。時間は10分でも5分でもいい。立ち話も歓迎だし、携帯電話での報告は日常茶飯事だ。心理的なバリアの少ない関係を部下たちとの間につくってきた。だから、下に任せる勇気と自信が生まれ、自分の時間が生まれる。権限委譲は人材育成と同時に、自身の時間管理の面からも求められることを忘れてはならない。

私が仕事における時間管理を重視するのは、若いころ、添乗員の経験で鍛えられた部分が大きい。当時、JTBの社員は旅行を企画し、販売すると必ず添乗員としてツアーに同行した。私も30代後半まで、80回くらい添乗を行った。

パック旅行や団体旅行に出かける顧客にとって、時間管理に優れた添乗員がいることほど安心できるものはない。実際、添乗員の正式名称は「旅程管理主任者」といって、出発から帰着まで顧客が計画どおりのサービスを受けられるよう、旅程管理を行う者をいう。

飛行機の出発時間が9時のとき、8時59分59秒と9時00分01秒とでは2秒の差でも状況が逆転する。そのため添乗に出るとき、私の頭の中には、いつ、どんな行動をとれば、計画どおりに進むか、独自の日程表が常に入っていた。

現実には移動手段の遅れやトラブル、天候の急変など、計画が崩れる事態が起きる。これをどう修正するか。日程表にはフリータイムなど、バッファ(緩衝材)になる時間帯や旅程の代替案を組み込んであり、それを使ってすぐに修正する。

(勝見 明=構成 佐粧俊之=撮影)