また真之の仲間は「秋山の上等なところは、ものごとを帰納する力、物事を分析し、要点をつかみ取ってまとめる力だ」と驚嘆しています。兵学書を読みあさり、そこから原理原則を引き出して戦略として組み立てる。つまり「天才」であると。海軍ではかの連合艦隊司令長官・東郷平八郎に「智謀湧くが如し」とまで評されます。俗に理論の天才と言われる人は、賢いために感情のコントロールができて冷めているはずです。ところが実父母や友人の死に際し、うぉんうぉんと泣き、喜怒哀楽が衒いなくこぼれ出すところに、真之の人間臭さがうかがえます。

真之の奇人ぶりを表すエピソードがいくつもあります。例えば東郷をはじめ上官たちが同席して会議を行うことになり、それが食事の時間と重なった。普通は、立場の偉い人が来るのを待って食事をスタートする。ところが真之は一人だけさっさと食べちゃう。一応、本人としては戦場での理に適っていて、それぞれの役割を十二分に発揮するためには、上官を待つ時間が無駄だろうというわけです。

会議が終わった後も同様で、言うべきことをすべて言うと、「ちょっとごろ寝してきます」と先に出て行ってしまう。ほかにも、アメリカ留学中に立ち小便をしたり、食事の席でも平気で欧米人の前で水虫を掻いたり、ところかまわず放屁したり、歩きながら豆を食べたり……。そういうことを挙げていくと、なんて失礼なやつだと思われたことでしょう。

また、同等か目上の人に対しては、はっきり「ノー」と言い、喧嘩さえふっかける勢いでいながら、目下の人に対しては、上からものを言うような態度ではなく、丁寧に接していたようです。このように真之のエピソードを拾っていくと、なかなか人間像がまとまりません。

集中するとほかが見えなくなる真之には周囲を認めさせるだけの能力があったからこそ勝手ができたとは思いますが、重要なのはそれを受け入れた、上司である東郷平八郎、島村速雄、加藤友三郎の器の大きさにあると思います。

(構成/小澤啓司 人物撮影/椿 孝)