バラク・オバマ●1961年、ハワイ州ホノルルにて、ケニア人留学生の父と米国人の母の間に生まれる。コロンビア大学卒、ハーバード大学ロースクール修了。97年、イリノイ州上院議員、2004年、合衆国上院議員、09年、大統領就任。
バラク・オバマに見るリーダーの資質(EQ力)
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バラク・オバマに見るリーダーの資質(EQ力)

リーダーとは「WE」を生み出す存在である。異なる人生を歩み、異なる環境の中で生きる人々を、共通の意見や目的意識をもつ「WE」へと変容させ、束ねていくこと。リーダーたる者に求められるのは、いつの時代もその力量である。

バラク・オバマはいわば「WEづくり」の天才である。貧民救済で活躍したシカゴ時代に始まり、大統領就任へと至る彼の人生は、その才能を世間に示し続けた歴史でもあった。「YES,WE CAN!」と国民が連呼したのは偶然ではない。彼の天性が生んだ必然以外の何ものでもなかったのである。

確かに彼は天才だが、レベルの問題以上に私たちが注目すべきは、彼の「WE」が従来の政治家の語るそれとはまったく異質だということのほうである。

これまでの政治家が掲げる「WE」は、外部に仮想敵(たとえばアルカイダのような)をつくることで生み出される共同意識であった。敵対勢力があるから「私たち」は1つにならなければならない。

だがオバマの「WE」はそれとは正反対の共同意識を志向する。彼は仮想敵をつくらない。出自も肌の色も宗教も関係ない、すべての差異を超えた先にある理想の共同体の一員としての連帯感。それが彼にとっての「WE」なのである。

もちろん普通は誰もそんな理想論を支持はしない。しかし、詩人としての言語能力と、小さな差異に拘泥することの愚を浮き彫りにする独自の論理構築力によって、彼はその理想論にリアリティを与えることに成功する。その結果が「YES,WE CAN!」であり、オバマ大統領の誕生だったのだ。しかし熱狂は去り、理想の共同体の一員であったはずの人々は、続々と彼から離れつつある。驚くことではない。大統領はつねに現実的な選択を迫られる。そのために「裏切られた」と感じる人が出てくるのは、不可避のことである。では彼の挑戦は終わったのだろうか。仮想敵をつくらない彼のリーダーとしてのあり方は、21世紀初頭の夢として、地上から失われていくしかないのだろうか。

結論は歴史に委ねるしかないが、1つだけわかっていることがある。それはオバマと関わった人の多くが「彼ほど冷静な人はいない」と口を揃えていることである。大統領選挙中、手違いからパニックに陥ったスタッフに彼が電話で囁いた言葉がある。

「大したことはないからね。できる範囲のことをやるしかないんだからさ。慌てるなって」(『評伝バラク・オバマ』渡辺将人、集英社)。

理想にたどりつくには、情熱だけでは足りない。それ以上に必要なのは、徹底した冷静さと寛容さ、そして忍耐力である。アメリカ国民がそれを理解し、自らそうあろうとする国民かどうかは知らない。だからオバマの未来もわからない。しかしオバマが、理想の実現に向けて粘り強く努力し続けるリーダーであることは、たぶん確かではないかと思う。