無理に訴訟を起こさず「和解」を勧める

ところで、素人にとっては不可解としかいえないことがある。第一線の凄腕弁護士50人は、頼りになる弁護士の条件として、誰ひとり「裁判に勝てること」を挙げていないのだ。

それどころか、東京市民法律事務所の宇都宮健児弁護士は「高額の費用を目当てに『100%勝てる』などと安請け合いする弁護士には注意してほしい」と呼びかける。なぜだろうか。

裁判の結果に「絶対」はない。また、訴訟を起こすと弁護士費用を含めた少なからぬ費用が発生するうえ、長い時間拘束されるので依頼者には二重三重の負担がかかる。そのため「無理に訴訟を起こさず和解を勧めること」を、頼りになる弁護士の条件としている人が多いのである。

労働問題に詳しい小川英郎弁護士は、「争うべき事件と和解すべき事件の筋がわかっていて、合理的な解決を目指している弁護士には会社側であっても敬意を感じます」と指摘する。逆に「困るのは依頼者の意向をあまり考えず、不必要に争って事件をぐちゃぐちゃにするタイプ。まとまる話もまとまらず、結局は会社(相手側依頼者)にとっても不利益になると思います」という。

労働側弁護士と対峙する立場にあるD弁護士も「視野に『勝ち負け』しか入っていない弁護士は、クライアントをハッピーにできません」と話す。ともに訴訟以外に解決の道筋を見つけるのが「よい弁護士」だというのである。

とはいえ、前出のB弁護士によれば、和解に至るにはなかなか難しい問題もあるという。

「和解を勧めるときに大切なのは『裁判になるとこんなに苦労をしますよ』ということをきちんと依頼者に伝え、説明することです。ただ、それには依頼者との間に深い信頼関係ができていなければいけません。また、相手方も手間ひまをかける真面目な弁護士で、同じように依頼者と信頼関係ができていなければ歩み寄りによる和解は成立しません。さらに、個人の場合は経済合理性よりも怒りの表明とか名誉の確立を優先する場合がありますから、必ずしも納得してもらえるとは限りません。ですから実際には、和解に至るケースは意外と少ないのです」