毎朝午前3時半に起き、どんな雨の日も休めない。その上給料は決して高くない。54年間、住み込みで新聞配達員をする原田吉郎さんは「それでも仕事をやめたいと思ったことは一度もない。大切なのはお金よりも夢」と笑う。連載ルポ「最年長社員」、第3回は「新宿タイガー」――。

歌舞伎町で何度も出くわした「タイガーマスク」の正体

ピンクアフロのカツラにタイガーのお面をして自転車に乗る人
撮影=永井浩
朝日新聞新宿東ステーション(新聞配達員)/原田吉郎さん(72)

派手なタイガーマスクの姿で東京・新宿の街で新聞を配り始めて、48年。72歳の原田吉郎さんは今も朝3時半に起床し、朝夕刊を配る生活を続けている。

「お金よりも夢だよ、ワッハッハ」と笑う原田さんが私たちに投げかけるモノとは何か?

ピンクのアフロヘアのかつらとタイガーマスクのお面に花柄の衣装をまとい、電動自転車を漕ぐ。荷台には約300部の新聞が縛られ、前かごに入った古いカセットテープレコーダーからは高倉健の歌謡曲「唐獅子牡丹」が大音量で流れている。

午後3時を過ぎると、この派手な姿で新宿の街に夕刊を配りに行く。街ゆく人は思わず振り返る。いつごろからか原田さんは「新宿タイガー」と呼ばれるようになった。

流石に朝刊を配る早朝には曲を流さないが、衣装はそのままだ。若かったころの私も新宿で朝方まで飲んでは、何度もタイガーマスクに出くわした。

そのたびに「おかしなオッサンだなあ」と感じたことを思い出す。

昨年3月には「新宿タイガー」というタイトルで原田さんのドキュメンタリー映画がテアトル新宿などで上映された。

ナレーションは女優の寺島しのぶさんで、長年の知人である俳優の八嶋智人さんらが出演してくれた。「おかしなオッサン」ではあるが、なぜか人を引き付けるのだ。