霞が関で医療産業振興の観点から医療ツーリズムの基盤整備に積極的なのが経済産業省だ。6月の新成長戦略の閣議決定を受け、「8月から医療通訳の育成を含めた国際医療交流人材支援事業をスタートさせ、これから高度医療を行える病院のネットワークづくりなどに着手しているところ」(商務情報政策局サービス産業課)という。

しかし、その一方で厚生労働省は「国民の医療を阻害しない範囲ならば」(医政局)と一歩引いた構えを崩さない。また、訪日外国人を19年までに2500万人に増やす数値目標を掲げる国土交通省は、観光庁を通した海外へのプロモーションや観光ニーズに応えるツアーの多様化、高付加価値化を目指すが、医療は訪日客がもたらす経済波及効果の一つとしてオプション的な位置づけにとどまる。

このように関係省庁の動きをざっと見ただけでも、その足並みが揃っていないことは一目瞭然だ。それは、各省によって医療ツーリズムに対する認識や優先項目が違うから。同じようなことは自治体、医療機関、旅行会社でも起きている。そうした認識のズレを抱えたままの現在の医療ツーリズムに何か問題点はないのか。10年1月下旬、総勢9名のモニターツアーを各自治体に先行して実施した長崎市のケースから検証してみたい。

同市が招いたのは徳島県と同じ中国上海市から。受け入れ先は諫早市にある西諫早病院のPET/CT画像診断センターで、がん検診に雲仙や長崎観光を組み込んだ3泊4日のツアーが催行された。

今回のプロジェクトは長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の小澤寛樹教授が社長を務める産学協同のベンチャー企業のアンド・メンタルが、長崎市や西諫早病院との連携で推進したもの。上海でメンタルヘルスの検診を行い、現地の医療関係者とのパイプを持つ小澤教授が「上海にもPET検診機器はあるが、飛行機で1時間の近さと日本の医療への信頼性の高さから需要はある」と、地方再生の目玉として活用することを提言したのである。

長崎市役所で窓口を務めた高比良実企画財政部企画理事はモニターツアーが成功したポイントとして「やる気のある地元医療関係者の存在」「集客の要となる中国側医療関係者とのパイプ」の2点を挙げる。つまり長崎の場合、前者は西諫早病院、後者は小澤教授のパイプであったわけだ。

ただし、実態は「観光ついでの検診」であり、「治療が主目的のツアーではない」というのが大半の関係者の見方である。医療ツーリズムではなくて“検診ツーリズム”にすぎなかったのだ。観光ついでの一度きりの検診で終わるようでは、高度医療の活用や、地元の雇用拡大などへの波及効果は期待薄となる。

西諫早病院の千葉憲哉院長も「今回は地元長崎の振興の一助になればとの思いで協力した。しかし、これから真の意味での医療ツーリズムを定着させるためには、治療を主体にしたものにしていく必要がある」という。そして、千葉院長は高度医療を主体にした医療目的の受け皿づくりを目指す地元の取り組みに期待を寄せる。先の徳島県においても、最終的に糖尿病の高度治療につなげていくことが関係者の間で期待されている。

※すべて雑誌掲載当時

(PANA=写真)