菅首相の1日の動向を伝える「首相動静」は新聞各紙の朝刊二面で毎日伝えられている。10月22日付のそれには淡々と次のように記されていた。『17時27分から同55分まで。トルコのシャーヒン国会議長。伴野豊外務副大臣同席』

アジアとヨーロッパとの接点に位置する大国、トルコ。国教はイスラム教ながらNATO(北大西洋条約機構)に加入するトルコは、中東を睨む重要な戦略拠点である。著しい経済成長を遂げ、ユーロへの加盟可否が注目されるトルコだが、同国における原子力発電所の受注競争が熾烈を極めている。

菅とシャーヒン・トルコ国会議長との会談は、和やかなうちに30分程度で終わった。菅は両国の歴史的な交流に触れ、

「わが国の原子力発電の高い技術力をよろしくお願いしたい」

と何度か繰りかえし、「日の丸」原子力の売り込みに一役買っていたが、この菅のセールストークは当初、日本側の会談内容には盛り込まれてはいなかった。

経済産業省参事官から首相秘書官となった新原浩朗は、古巣の経産省からかかってきた電話に何度となく頷いていた。

「必ず首相には原子力のことを事前にレク(レクチャー)し、日本側の真意を伝えてもらえるよう、よく説明してほしい」

電話の主は、今井尚哉経産省貿易経済協力局大臣官房審議官。今井は、今井善衛元通商産業省事務次官を伯父に持つ。伯父は、小説『官僚たちの夏』の主人公である風越信吾(元通産省事務次官、佐橋滋がモデル)に対抗する官僚である玉木博文のモデルとされている。そしてもう一人の叔父は、新日本製鉄元社長、元経団連(現日本経団連)会長を務めた今井敬である。この経産省の俊英は、日本経済が活路を見出すための「新成長戦略」の大きな柱である「パッケージ型インフラ事業」を支えるキーパソンの一人なのである。

日本にとって2008年9月に起こったリーマン・ショックは、金融業界のみにとどまらず、それ以上に日本経済の根本的な脆弱性を露呈する結果となった。