常に携帯している、ロディアのメモとメモパッド、カルティエのボールペン。ここから顧客を魅了する筆談が始まる。
常に携帯している、ロディアのメモとメモパッド、カルティエのボールペン。ここから顧客を魅了する筆談が始まる。

漢字が好きな人、車が好きな人、クイズが好きな人、なかには文章のプロもいて、その人には自分が見つけた言葉遊びを仕掛けてみる。中国ビジネスをしている人には、おもしろい中国語を逆に教えてもらうこともある。

自分で考えた言葉だけでなく、ゴダールから週刊少年ジャンプの人気漫画『ワンピース』まで引用も幅広い。頭の中に「言葉の宝庫」があるようだ。銀座のお客様は知的な人が多いので、彼らの言葉を書き留めておくことも。

「言葉を調達するために、映画は毎日のように見ます。字幕のある洋画や、新聞、毎日いく美容室で見る雑誌、特にビジネス誌やビジネス書はよく読みます。筆談は文字を目で見ることによって、発見が生まれたりするんです。自分でもおもしろくて、もっと知らない漢字や言葉を勉強したい」

営業用のメールにも、斉藤さんならではの工夫がある。

『筆談ホステス』光文社●10万部を超えるベストセラーとなった著書。故郷の青森県では村上春樹氏の『1Q84』よりも売れたという。
『筆談ホステス』光文社●10万部を超えるベストセラーとなった著書。故郷の青森県では村上春樹氏の『1Q84』よりも売れたという。

「筆談よりも、より感情を表現しなければ伝わらないと思います。パソコンにはパソコン、携帯には携帯、長文には長文、短文には短文、絵文字には絵文字と、ツールや表現もお客様に合わせます」

ひとつのドアが閉じると、必ず別の窓が開くように、人間の能力には計り知れないものがある。斉藤さんも聴力というドアが閉ざされた分、文字や言葉に対するセンスが尋常ではないほど鋭くなったのだろう。まず自分の武器は何か、それを見極め、極限まで研ぎ澄ますことで道は拓けるのだ。

(大沢尚芳=撮影)