「いま相談が多いのは、休職していた従業員は復職したいが会社側は退職させたいという意向がぶつかっているケース。今後は精神疾患を理由に辞めさせられるか否か、あるいは労災申請が認められるかどうかという『最後の局面』で紛争が噴出すると思います」

過重労働で従業員が精神疾患を発症した職場を見ていくと、競争の激化や株主の影響力の強まりといった経営環境の変化の中で、業績向上のために現場の業務が繁忙になり、それを従業員の長時間労働によってクリアしようとする構図が見て取れる。その背景には前述したように、長時間労働のコストが低く、かつ実質的に上限がない状況があると考えられる。

しかし経営者が業務改善やビジネスモデルの変革など抜本的な生産性の向上に取り組まないまま、ただ長時間労働に頼れば従業員や職場が疲弊するのは必然である。精神疾患や疲労困憊した者ばかりの職場における生産性がどうなるか、火を見るよりも明らかだろう。

見方を変えれば、長時間労働という低コストの労働資源を得られるがために企業は抜本的な生産性向上に取り組まず、長期的な従業員や職場の疲弊、ひいてはビジネスの弱体化をもたらしているとも考えられる。

また、サービス残業や従業員の酷使に頼ったビジネスを展開すれば、コンプライアンスを守らずに利益を上げている企業として批判を浴び、不買運動や制裁の対象になるリスクも発生する。グローバル企業ほどこのリスクは高い。

このように見ていくと、過重労働によるうつ病の問題の解決は極めて重要な経営課題であると位置づけられよう。限られた労働資源を適正に投入し、そのコストに見合った利益を得られるビジネスを構築することは、まさに経営者に課せられた仕事である。