不景気は過去の甘さを考え直す機会でもある。経済危機の効用としての企業の改革には、2つの方向性が見られる。改革への取り組みでの苦労こそが人間の問題解決能力を引き出すと筆者は説く。

不況を機に生まれたコンビニと宅配便

景気循環が経済にはつきもので、その循環の中で不景気になることには前向きの効用がある、と喝破したのはシュンペーターであった。不景気が過去の甘さを考え直す機会をもたらし、また新しい方向へと踏み出すための背中を押すからである。

今回の経済危機は、ふつうの景気循環よりはさらに厳しいものである。世界経済の構造変化すら予感させるもので、単純な循環過程ではないことを多くの人が感じている。だからこそ、シュンペーターが言った以上に、大きなインパクトを持ちそうである。それを、正しい方向への大きな一歩につなげられるか、それとも周章狼狽して混乱に拍車がかかり、さらに破滅への道を歩むか。経営のかじ取りがまさに要になっている。

危機の効用として企業の改革が起きるのには、大きく分けて2つの方向がある。一つは、新しい事業構造への挑戦である。危機の局面だからこそ、多少の無理があると見えても、あえて新しい事業、新しい市場、あるいは産業全体の再編成へと一歩を踏み出そうと組織として決意できる。ほかにやりようがないのである。

第二の方向は、経営陣の大幅刷新である。組織の内外で秘かに具合が悪いと思われていたトップマネジメントが、経済危機のもとの大赤字で最後の引導を渡され、交代を余儀なくされるのである。その場合、新しい経営陣のもとで新しい事業構造への挑戦も起きるかもしれないが、最大の効用は組織内部の経営改革が進み、組織のモラールが上がることであろう。

第一の効用の例として、35年前のオイルショックの後の不況の中で蒔かれた種がその後に大きく花開いた例がいくつかある。たとえば、1974年に第1号店を東京・豊洲に出店したセブン-イレブンである。その後、さまざまな困難の中で導入当初のコンセプトとはかなり違う日本型のコンビニエンスストアをつくり出して、日本人の生活パターンを大きく変えるまでのインパクトを持った。

また、ヤマト運輸が宅急便へと乗り出したのも、75年のことだった。それまでの主力事業であった商業貨物輸送がオイルショック後にジリ貧になり、75年に個人用の宅配便事業に本格的に乗り出すことを決めた。それがあっという間に日本中に広まり、いまでは宅配便なしでは日本人の生活が成り立たないほどに大きなインパクトを持った。

産業そのものの発展への契機に経済危機がなった例もいくつもある。オイルショックに例をとれば、その一つが日本の自動車産業の国際展開である。

オイルショックで原油高になり、原油輸入依存度の高い日本経済の発展ポテンシャルが大きく落ちた。その結果、日本は高度成長から安定成長へと発展軌道の修正をするが、それは国内市場の成長鈍化を意味した。そこで、企業成長を維持するには海外市場へと活路を求めるしかなかった。それが、アメリカ市場だった。そして、日本車の燃費のよさは日本企業への大きな追い風となったのである。

あるいは、日本の半導体産業の70年代後半からの発展もオイルショックによって省エネ・省資源が多くの産業で緊急の課題となったことに後押しされている。省エネ・省資源のためにはエネルギーなどの使用現場での細かな計測と制御が必要となる。それは、半導体を中心とするマイクロエレクトロニクス革命への需要を下支えした。

コンビニと宅配便はこの30年間で日本人の生活をきわめて大きく変えた新事業展開の例として多くの人のリストのトップにくるものであろう。日本の自動車産業の発展、半導体産業の発展は、日本全体の産業構造を前向きに変える大きなインパクトを持った。

いずれも、経済危機へのレスポンスが、その後の事業発展に大きなプラスになったいい例である。