人は想定外の状況で合理的に行動できない

トイレットペーパーは感染防止に役に立たないので買い占めてもなんの役にも立ちませんが、「不安なひと」問題で難しいのは、ほんとうの極限状況ではこの戦略が正しいことです。

たとえばシリア内戦では、真っ先に国外に脱出してヨーロッパに向かった「不安なひと」がもっとも生存確率が高かったでしょう。ナチス台頭のときのユダヤ人も同じで、ホロコーストを逃れたのはドイツに留まった楽観主義者ではなく、アメリカに脱出した悲観主義者でした。進化論的には、これが社会に「不安なひと」が一定数いる理由です。

「不安なひと」は、主観的には生存の危機(このままでは死んでしまう)にあるので、生き延びるためにどんなことでもします。当然、他人のことなど気にしません。

リベラルの理念は「社会を変えれば人間性も変わる」ですが、これは幻想で、社会がリベラル化するのはゆたかで平和で自由な世の中になったからです。ちょっと圧力がかかると、たちまち人間性のグロテスクな面が表に出てきます。

私は一貫して、「ヒトが理性的な存在だとする前提は幻想だ」と述べてきましたが、そのことがいま世界規模で証明されつつあります。古典派経済学が想定する「合理的経済人」は、平時であれば人間の行動をある程度近似できますが、ブラックスワン(想定外の状況)ではなんの役にも立ちません。

フラクタル理論のベノワ・マンデルブロと、そのエバンジェリスト(伝道者)であるナシム・ニコラス・タレブがこのことを強調しましたが、リーマンショックや3.11に続いて、その正しさが証明されました。それなりに理性的に行動できるひともおそらくは2割程度いるでしょうが、「愚者の暴動」に巻き込まれるとなす術がありません。

定価販売という「差別」

マスクの高額転売が禁止されましたが、ドラッグストアの行列に「自粛」をお願いするだけではなんの効果もありません。朝6時から行列できる「ヒマなひと」が、すべてのマスクを買い占めて自宅の部屋に積み上げるだけです。

買い占め行為に対して「ほんとうに必要としているひとがいる」との道徳的批判はまったく効果がありません。ドラッグストアの長蛇の行列に並ぶひとは、「ほんとうに必要としている」と思っているのですから。

「貧乏人はどうなるんだ」と定価販売を主張するひとは、それがドラッグストアに行列できるヒマなひとを不当に優遇し、働いている、子育てや介護をしている、病気で外出できない、などの事情がある「ヒマのないひと」を徹底して差別していることを理解しません。

買い占めは膨大な需要に対して供給が限られ、なおかつ定価販売することで発生します。これに対するもっとも効果的な対応は受給が均衡するまで価格を引き上げることです。

供給に対して需要がとてつもなく多い時に定価販売を強制すると、「将来、希少になる(値上がりする)ものが格安に手に入る」と考えて、(それなりに)合理的なひとたちが殺到するのは当然です。こうした事態を避けるにはダイナミックプライシングを導入し、ティッシュペーパーを1箱1000円とか2000円に値上げしたうえで、メディアが「これはデマです」と報じれば異常な行動は止まるでしょう。