彼は、前線で戦う劉邦の後方を一手に引き受けていたため、内政の権力が集中していた。また、若いころから劉邦と付き合いがあって、その性格を熟知していたので、自分が疑われやすい立場にいることも重々承知していた。

だからこそ、身を守るための徹底的な努力を蕭何は惜しまなかった。

まず、自分の親族で壮健な者はすべて戦の前線に送り出し、劉邦から恩賞を賜っても丁重に断って、逆に全財産を軍事費に献納した。謀反を企てる人脈も資金もないことを示そうとしたのだ。

しかし、それでも劉邦の猜疑心は止むことがない。見かねた蕭何の食客が、こう進言する。「いま、あなたに人民は心服し、あなたのほうも善政によって、民生を安定させておられます。陛下が陣中からなんども見舞をよこされていますが、これはあなたが都で叛乱を起こしはせぬかと警戒しているからです。いかがでしょう。田地を派手に買い込んでは……。しかも安く買いたたいたうえ、支払は渋って、自分で評判を落とすのです。そうすれば陛下も安心なさるにちがいありません」

蕭何は早速実行に移して、自らの評判を落としてもいる。

劉邦の猜疑心から身を守るために、なりふり構わぬ努力を続けた蕭何だったが、それでも結局、劉邦の怒りをかって投獄された。

彼の場合は、他の家臣の取り成しによって、何とか窮地は脱したが、身内の嫉妬や猜疑心は敵より怖い、というのは人間関係につきまとう宿痾のようだ。