財務大臣 藤井裕久(ふじい・ひろひさ)
1932年、東京都生まれ。東大法学部卒。元大蔵官僚。参議院議員2期、衆議院議員7期を務める政治家。93年に自民党を離党し、新生党結成に参加。細川護熙内閣で大蔵大臣、自由党幹事長、民主党幹事長等を歴任。好物は日本酒と蕎麦。


 

「脱官僚政治」を掲げる民主党の霞が関攻略のキーマンである。「官庁の中の官庁」と呼ばれる財務省を抑え、民主党の弱点とされる財源問題を克服し、子ども手当など政権公約を実現できるか否かは、今年、喜寿を迎えたこの男の双肩にかかっている。

一時は議員引退を決意したが、鳩山由紀夫代表の強い要望で比例名簿に入り、当選を果たした。袂を分かった小沢一郎氏のグループは不快感を示したとされるが、鳩山内閣での藤井裕久財務相は既定路線だった。

引退を決意していた藤井氏が鳩山氏に勧めた財務相候補は岡田克也氏。民主党にばらまき批判が出る中、財務相には、財政再建論者で消費税増税にも言及する岡田氏が適任と説いた。

総選挙を控え、霞が関バッシングを強める民主党を「反官僚」から「脱官僚」に軌道修正し、現実路線への道を開く役割も果たしたとされる。

鳩山首相の父で、大蔵事務次官を務めた鳩山威一郎氏に誘われる形で、大蔵省主計官から政界に転じた。大蔵省時代は佐藤栄作内閣の竹下登官房長官、田中角栄内閣の二階堂進官房長官の秘書官となり、官邸で経験を積んだ。

1993年に小沢氏、羽田孜氏らとともに政権交代可能な二大政党制を目指して、自民党を離党。細川護熙、羽田の非自民連立政権では蔵相を務めた。現在は「自由人」を自称、党内では渡部恒三最高顧問と並ぶご意見番で、歯に衣着せぬ言動は、長く行動をともにしてきた小沢氏との疎遠を招いた。

政権交代という節目の事務引き継ぎを行った自民党の与謝野馨氏は東大野球部の後輩。2人は党派を超えた財政再建の有志でもある。歓迎ムード漂う財務省と一定の距離を保ちながら、最強官庁の官僚を使いこなせるか。老練の士の手腕が問われる。