金麦が“銀麦”として店頭に出てしまうことは避けられなかった。ただ、指摘されてみてようやく「銀だね」とわかる程度だったから、売り上げにはまったく影響を及ぼさなかったのが幸いだった。

ウイスキーやワインといったジャンルにも強みを持つサントリーだけに、震災後の自粛ムードによる飲食店の落ち込みは当然ながら意識せざるをえない。

「飲食店さんでも食べ物屋さんよりも、バーやスナックといった業態に一番影響が出ているようです。ビールで見ると瓶とか樽が不振を極めていますね」

皆が落ち込んでいる状況であるからこそ、真っ先に新しいことをやるのがこの会社らしい。ほとんどのメーカーがCM露出を自粛するなか、サントリーの広告に出演しているアーティストや俳優71人が歌のバトンリレーを行ったCMが4月上旬からオンエアされた。

「上を向いて歩こう」と「見上げてごらん夜の星を」という名曲を歌い上げたコマーシャルは全国で静かな感動を呼んだ。

「非常時に落ち込んだ気持ちを、なんとか変えられないか、何かをお手伝いできないかという発想でつくりました。もう寝ずにつくらせました。タレントさんも、ここしかスケジュールがないけど合う人だけ来てくださいと」

宣伝部が中心になって舵取りし、ビールやウイスキー、清涼飲料水を含めたサントリー全部門のCM枠を結集して流れたのがあのCMだったのだ。CMを打ち出しにくい時期に、表現を誤れば、不謹慎と言い出されかねない世間のムードがあった。そうしたたなかでの英断だったに違いない。

「思った以上にご反応を頂きました。被災地の方からも、『勇気を与えてくれた』という声を頂けたのが一番よかったですね。そういう意味では所期の目的は果たせたかなと思っています」

寺永は満足そうに語る。

もちろん、震災の影響があったとはいえ、当初の販売目標を下方修正するような会社ではない。プレモルは前年比110%、ビール類は104%というのが、今年度の売り上げ目標だ。