気に入らない相手への上手な対処法

人間の攻撃性のほかにもう1つ、小澤教授が注目しているのが、恩地と同期で同じ組合活動に取り組みながらエリートコースを歩んだ行天四郎(三浦友和)の言動から読み取ることのできる「相手を支配しようとする欲望」だ。

「組合の副委員長として行動を共にしていた行天は委員長である恩地のリーダーシップを一番強く感じていたはず。それで『俺はこいつにかなわない』と尊敬しつつも、次第にコンプレックスを抱くようになり、恩地を支配しようとしたのでしょう。『日本に帰りたいのなら、詫び状を一枚書け。形だけでも頭を下げろ』と迫るシーンは、そうした支配欲の表れなのだと思います」

しかし、恩地は自分の過去の否定につながる詫び状を書くことを拒否する。人間誰しも他人に思い通りにされそうになったら、強い拒絶反応を示すもの。馬を水辺に連れていけても、水を飲ませることはできないのと同じだ。小澤教授も「相手を変えて支配することは基本的に無理です。相手を変えるくらいだったら、自分が変わったほうがいい。気に入らない人間がいたら、自分のほうから抱きしめてあげるくらいの気持ちになったらいいのです」という。

最終的に行天は政界工作のための裏金づくりをしていたことが明るみに出て、身の破滅を招く。もし途中で恩地に歩み寄って、自分自身を変えることができていたら、そうした悲劇を迎えることなどなかったのではないか。

こうして見てくると、確かに映画はビジネスマンのメンタルヘルスの重要性に対する数々の気づきを与えてくれることがわかってくる。シネマサイキアトリーのゼミの履修生のなかには、精神科医を目指そうとする医学生が何人も現れているそうだ。冠地さんもその一人だという。

一般のビジネスマンも、小澤教授をはじめとする精神医学のプロたちに解説してもらいながら映画を鑑賞することができたら、自分たちのメンタルヘルスのセルフケアまで学ぶことができそうだ。

(宇佐見利明=撮影)