多忙をきわめる日常にふと、隙間の時間がおとずれる。そんなときは、各駅停車に飛び乗って束の間の非日常に身をゆだねる軽い手荷物の旅へ。

名古屋出張の折、遅い夏休みをとって、紀勢本線で熊野古道の伊勢路をめぐった。切符は「青春18きっぷ」だ。いい年なのに、こんな名称の切符を使うことに気恥ずかしさはあるが、5枚1組、1つのスタンプでJRの普通列車が1日乗り放題なのがうれしい。

新宮方面へは5年ぶりの鉄道旅となる。名古屋から紀勢本線の始発駅・亀山まで、関西本線の各駅停車でゆく。ちょうど朝の通学時間にぶつかったため、込んだ車内のあちこちから、学生たちの方言を交えた活気のある声が飛び交う。

紀勢本線は、亀山から紀伊半島を一周して和歌山市へと至る路線をいう。全通は昭和34年7月。幹線だが、非電化区間の亀山-新宮間は、気動車が駆ける。しかし、亀山始発の普通列車は、ほとんどが途中の多気から参宮線に乗り入れ、伊勢市か鳥羽を終点にする形をとっている。

亀山発・鳥羽行きの普通列車に乗って、一路、伊勢市を目指す。伊勢市にはこの旅の最初の目的地、伊勢神宮外宮がある。ここでお参りをすませたわたしは、ふたたび多気へと引き返し、紀勢本線の車中の人となった。

紀勢本線の尾鷲から熊野市の間には、リアス式海岸に沿って賀田、二木島、遊木、といった町が並ぶ。どの町も昔ながらの家並みと人との暮らしがよく残されており、訪れる人に郷愁を感じさせる。

紀勢本線の尾鷲から熊野市の間には、リアス式海岸に沿って賀田、二木島、遊木、といった町が並ぶ。どの町も昔ながらの家並みと人との暮らしがよく残されており、訪れる人に郷愁を感じさせる。

大内山、梅ケ谷といった大相撲の関取に因む駅が続き、列車は紀伊長島へと鉄路を進める。ここから紀勢本線はしばらく熊野灘と添い寝するように走る。尾鷲を過ぎると、鯛やハマチの養殖イカダが車窓に映りはじめる。自然と人とが織り成す光景に息を呑んだわたしは、トンネルを抜けた賀田付近で、途中下車し、港まで散策したいという思いに駆られた。

賀田港は、昭和の時代から時間が止まったような港町だった。軒を連ねる家並み、急な坂道、狭い路地、漁船が浪に揺れる音、日焼けした老漁師が黙々と網を手入れする姿。そこには昭和の文化遺産と認定したいほどの懐かしい光景が広がっていた。

一列車乗り過ごした普通列車が熊野市を抜け、熊野川の鉄橋を渡ると、終点の新宮はもうすぐだ。ここには熊野三山の一つ熊野速玉大社が祀られている。大社で参詣を終えたわたしは、熊野古道・伊勢路の半分の道程を列車旅でいとも簡単に終えたことに気づいた。そして次回は、妻とふたりでめぐろうと固く誓うのであった。

(川井 聡=撮影 中原 淳=文)