海外の日本企業で働く労働者たちが日本人との給料格差に不満を抱いている。格差の不満解消の方法を「同一労働・同一賃金の原則」と絡めて筆者が検証する。

ホンダ中国工場ストライキの真相

ホンダの中国の工場で、労働者が賃上げを要求してストライキに入ったという報道があった。日本人出向社員の給料が現地の労働者の50倍であるという不平等に対する不満がストライキのひとつの理由になっているという。日本人出向者の給料を開示せよという要求もあるようだ。その要求の基本となっているのは、「同一労働・同一賃金の原則」だという。中国の労働者の意識の変化を感じさせる出来事である。

「同一労働・同一賃金の原則」は、日本の国内でも、正規労働従業員と非正規従業員との処遇格差の解消をめざす人々の間で語られることが多い。しかし、私は、この原則に疑いを持っている。この原則をストレートに適用すると、悪平等あるいは不公正が生じる可能性があると考えるからである。このような疑いを持つ理由は4つある。

第一の理由は、この原則を適用すべき範囲が不明確なことである。同じ仕事をしていても、地域によって賃金が違うということはよくあることである。日本の国内でも、都市部(特に東京)と地方とでは賃金が違うということがある。この賃金の違いは、地方でもできる仕事については地方で行うという、企業の地方進出の誘因となる。地方に生産子会社をつくり、そこには親会社とは違う給与体系を適応している企業も少なくない。このようにして地方への企業進出が活発化されれば、地方の賃金は上昇し、いずれ賃金の平準化が起こるはずである。地域差があるにもかかわらず、広い範囲に同一労働・同一賃金の原則を適用すれば、企業の地方への進出の機会は奪われ、地方の就業機会は奪われてしまう。ここまで適用の拡大をする人はまだ少ないが、国を超えて同一労働・同一賃金という原則を適用すると、発展途上国への企業進出は起こらなくなるだろう。多くの企業が中国に進出したのは、中国の賃金が相対的に低いからである。このような企業の行動が世界全体の賃金を平準化させる。中国の賃金が高くなると、ベトナムやインドへの進出が活発化するはずである。

第二の理由は、同一労働というものがありうるのかという問題である。職務記述書に書きつくすことができるような単純な仕事に関して、同一労働ということがあるかもしれない。しかし、その場合でも、どのように仕事をするかによって企業にとっての労働の価値は異なる。それゆえに、賃金が異なることもありうる。同じような製造ラインで同じ部品の組み付けをするにしても、ミスのないように細心の注意をもってする仕事と、量をこなすためのやっつけ仕事とでは、企業にとっての価値は違う。職務記述書には書かれていないが、労働者に期待されている仕事が異なる場合がある。日本の職場では職務記述書がなく、あっても抽象的で事細かに書かれていない場合が多い。雇用関係も一種の契約だとみなすアメリカの会社とは違う(この違いについては伊藤博之著、白桃書房刊『アメリカン・カンパニー』を参照されたい)。もしこのような日本で、同一労働・同一賃金の原則を貫くために、職務記述書をもとに仕事を決めるという方法がとられていれば、日本企業の強みが失われてしまう可能性がある。このように考えると同一労働などというのは、どのような働き方であっても同じ結果が得られるようなきわめて単純な労働以外ありえないと考えたほうがよい。そのような労働はいずれ機械にとって代わられるであろう。