機長症候群の教訓

リーダーが「1人でやる」ことから生じるもう1つの失敗は、「機長症候群」と呼ばれるものだ。これは、リーダーが1人で全責任を引き受ける傾向から生じるものというより、チームのメンバーが自分たちの責任を放棄する傾向のことを指している。

複数の操縦士が乗務する航空機で、機長が明らかに間違った判断を下したとき他のクルーがミスを正さなかったことが原因で、過去に悲惨な事故が何度も起きている。

1982年にワシントン・ナショナル空港の近くで離陸に失敗した航空機がポトマック川に墜落して、78人の死者を出した事故があったが、この航空機のフライトレコーダーには次のような会話が記録されていた。

副操縦士 翼の氷をもう1度チェックしましょう。しばらくここから動けないでいましたから。
 機長 いや、すぐに動ける。
 副操縦士 (計器を指して)それはダメじゃないですか? ダメだと思います。
 機長 いや、大丈夫だ……。
 副操縦士 そうですか。(エンジンをフル稼働させる音。機体は上昇せず)
 副操縦士 機長、下がってます!
 機長 わかってる。(機長と副操縦士を含む78人が死亡した墜落音)

機長症候群は航空機だけに見られる現象ではない。ある研究で、十分な訓練を積んだ看護師が、この場合の「上司」、つまり担当医が指示したら、患者に関する意思決定の責任を放棄するかどうかを調べる実験が行われた。

この実験では、研究者の1人が外科、内科、小児科、精神科のさまざまな病棟の22のナースステーションに電話して、自分はその病院の医師だと名乗り、応対した看護師に、その病棟の、ある患者にアストロゲン20ミリグラムを投与するよう指示した。指示された看護師の95%がそれに従った。アストロゲンは病院での使用が認められておらず、指示された投与量はメーカーが定めた1日最大投与量の2倍にのぼり、しかもその指示は看護師がそれまで会ったことも電話で話したこともない人物から与えられたというのにもかかわらずである。

この調査を行った研究者たちは、調査した病棟のような大勢のスタッフがいる病棟では、最善の決定がなされるよう複数の「専門的知性」を持ったプロが協力しているものと思いがちだが、実際には、この調査の条件の下では、それらの知性のうちの1つ──医師の知性──しか機能していないおそれがある、と結論づけている。

だが、看護師のとった行動も理解できないではない。担当医は患者に対する指示に従わないスタッフを処罰する「権力」を持っており、また、看護師より高度な医療訓練を受けたその道の「権威」であるからだ。

2つの例から、次のような共通の教訓が浮かび上がってくる。

まず、厄介な問題に取り組むリーダーは、その解決に向けてチームのメンバーの力を借りるべきである。たとえリーダーがそのチームのなかで最も情報を持っていて、最も経験があり、最も有能であったとしても、やはり協力したほうがよい。

これは、厳しいビジネス上の決定を下すときに多数決をとれということではない。最終決定はリーダーが単独で下すべきだ。

しかしながら、意思決定を成功させるカギは、最終決定に至るまでのプロセスをリーダーが単独で行わないようにすることにある。この決定前プロセスが合同でなされれば、意思決定者に大きなメリットをもたらす。

チームからインプットを得ることによるデメリットを考えるリーダーもいるだろう。

たとえば、メンバーの提案を却下したら、そのメンバーとの信頼関係にひびが入るのではないか、あるいは、メンバーの提案を採用しなかったら、メンバーがやる気をなくすのではないか、という心配をするリーダーもいるかもしれない。

この問題を回避しながら高次元の協働を生み出すためには、決定プロセスに関与するあらゆるメンバーに、「あなたの貢献が(決定的な要因ではないかもしれないが)最終決定の基盤になる」と告げることで、個々のメンバーの活動をどれほど重視しているかを伝えることが肝心である。

(翻訳=ディプロマット)