ポイントは4つあります。まず第一は、「被災地特例措置による規制の緩和・撤廃」です。神戸の経済復興では諸々の規制が復興の障害として立ちふさがりました。たとえば、ある工場は3本の道路に隣接する準工業地域に立地していました。震災後、その工場経営者が、事業再開どころか、どうすることもできない、と嘆くのです。隣接する3本の道路は管轄が異なり、港湾局、国土交通省、兵庫県の3つの官庁から、あらためて許可を取らなければ再建できない。そのうえ、建設時は準工業地域だった土地は、現在、商業地域に指定が変わっており、同じ工場では建築許可が下りないというのです。こうした規制の多くは現在でも変わらずに残っているでしょう。規制の撤廃はコストを必要とするものではありません。迅速な復興には特例措置で支援すべきです。

第二には、「公共投資の早期かつ重点的な投入」です。被災地と中央の間には大きなギャップがあります。何度も陳情を繰り返すうちに、次第に「地域エゴ」「焼け太り」「被災地だからといってわがままいうな」「なぜ神戸ばかり」という声まで聞かれるようになりました。ほかの地域では震災が風化していくのです。また農業や工業の被害は見えやすく、公共投資もハコモノとして投入されやすいのですが、兵庫県の雇用者の約70%は三次産業に従事していました。東北でも状況は似ているでしょう。被害の見えづらい三次産業に対し、早期に手立てを講じなければ、経済復興の道は遠のきます。

第三には、「金融面でのバックアップ」です。復興には必ず資金が必要になります。阪神・淡路大震ときには、県や市、政府系金融機関の緊急融資に続き、民間金融機関が積極的に融資に動けるよう日銀が特別貸出制度をつくりました。今回も同様の措置が講じられていますが、三陸の甚大な被害については、別の特別な対応が必要になるでしょう。

第四には、「被災者に対する精神的なバックアップ」です。復興に向けて動き出したにもかかわらず、様々な規制やギャップのせいで、物事が前に進まない。そのうち無力感が漂いはじめます。神戸の復興では、ダイエー創業者の中内功さんに大変お世話になりました。中内さんは生活必需品を供給するため、震災翌日、被災地の全店で早朝営業を厳命するなど、強い使命感を持った方でした。その中内さんですら、様々な規制にぶつかり、「こいつらに経済なんて考える頭はない」と復興を諦めようとしたことがありました。

※すべて雑誌掲載当時

(山川 徹=構成 永井 浩=撮影)