20世紀の音楽を語ることによって、20世紀を語ってしまおうというのが、本書である。

「クラシック音楽」として括られる西洋音楽は、西欧が生んだ芸術の中でも頂点にある芸術といっても過言ではない。演奏家が音を鳴らし始めて、演奏を終えて静寂が戻るまでが、音楽である。複製技術が進むまで、音楽は、まさに束の間の時間に消えてしまう芸術であった。もちろん楽譜という形で、保持はされるのだが、音楽の本質は、演奏家が演奏をしている時間、つまり、音が鳴り、旋律や和音が響く演奏が終わり静寂に戻るまでの時間が基本の芸術である。

音楽は、世界中にあって、各民族が独特な表現法を持って、長い年月にわたって継承しているのに、なぜ、西洋が生んだクラシック音楽だけが特別な地位にあるのかといえば、音が持つさまざまな特性を解析し、理論化したこと、その理論をもとに、技法を発展させたこと、そして多様な楽器群を絶えず生み出したことによって、音楽を世界でも類のない高度な構造物としてつくりあげたことにある。しかも、生み出された音楽は、世界の人々に普遍的な感動を与えうる芸術として表現されるまでになったのである。

その西洋音楽が、悲劇的な歴史的事象の時間軸の過程で壊れ、再生ができずに今日に至る状況を生んだのが、20世紀である。

100年ほど前は、R・シュトラウスの「サロメ」がセンセーショナルな形で初演されたり、ストラヴィンスキーの「春の祭典」が、パリの聴衆をスキャンダラスな興奮に巻き込んだ時代だった。ラヴェルやドビュッシーも、次々と作品を発表していた時代でもある。第一次世界大戦が世界を変えてしまう。まさに「ヨーロッパ文明」の危機が訪れる。ウィーンを中心にシェーンベルクの調性を逃れた12音の音楽がつくられ、ベルクやウェーベルンの新しい技法による創作が始まる。2つの世界大戦、王国の崩壊等々が、音楽家の経済基盤を変える。ヒトラーやスターリンが音楽に介在する。激動の時代から第二次大戦後になると、いわゆるクラシック音楽は、演奏家の時代になって、現代音楽は多くの聴衆を失ったまま、密室に近い形でしか、発表の場を持たなくなる。西洋音楽の骨董化といわれ、それが現在も続いている。

2つの世界大戦に象徴される20世紀を音楽の変遷から語りつくすことができれば、「西欧文明の危機」が現実となり、文明のリーダーシップが崩壊した過程を語ることになるのである。20世紀の音楽の歴史を、驚くほど該博な知識を駆使しながら音楽家と音楽家を取り巻く状況を描きながら、文化史として20世紀という時代の形を見つけようとしたアレックス・ロスの著作は、類をみない知的な感動を与えてくれる。わからない個所は飛ばしながらでも、ぜひ、通読をしてほしい。