当社の貴重な戦力である40代前半の社員(税理士)が、2008年4月から週に2~3回のペースで大学院に通っている。入学先は、彼がもともと税法を学んだ出身大学の大学院で、いわば“Uターン就学”である。

税理士として10年以上のキャリアがある人間が大学院に通うことで、教授からは重宝がられている。大学教授には理論が蓄積されており、一方の彼は裏ワザを含めた実務に長けている。お互いが得意な領域の知恵を提供し合うことで、双方とも得るものが多い。また机を並べる若い学生にとっても、現場を知っている先輩税理士の話は刺激になる。これは「産学連携」のあるべき姿の1つだろう。

今回の件で、私は30~40代の働き盛りが改めて学び直す意義の大きさに気付かされた。国際税務という専門性を深めることが彼の目的だった。大学院には膨大な資料や情報があり、シンクタンク機能も有しているから得るものも大きい。しかし、何より見逃せないのが、「学」を通して人脈が広がる効果だ。教授と同世代で実務経験も豊富ということで、協力・信頼関係が一気に構築できた。20代の若手では無理な芸当ではないか。

留学などで若手の社員に就学の機会を与える企業はある。しかし、キャリアの乏しい状態では表面的な知識が増えても、本当の意味での血肉にはなりにくいように思う。学ぶことの意義は否定しないが、その深さには差が出るはずだ。

そんな彼への支援だが、学費の援助は行わず、就業時間内の通学を認める形で行っている。仮に年収500万円、年間就業時間が2000時間なら、単純な時給は500万円÷2000時間で2500円。それに社会保険料などの会社負担分を加えると実質的な時給は4000円程度になる。つまり大学院へ行くのに1日4時間つかったら、会社は1万6000円を負担して支援した計算になる。

同じ賃金の支払い対象でも大きく異なる業務
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同じ賃金の支払い対象でも大きく異なる業務

労働と一言でいっても、取引先と向き合って提案、交渉、契約などを行う「収益業務」と、資料の準備、移動といった直接収益には結びつかない「非収益業務」がある。取引先に商談を持ち込んでいる時間も、移動中に公園のベンチで昼寝している時間も、企業が負担している時給は同じ。売り上げを伸ばすには、取引先のエリアを集中させて移動時間を減らすといった効率化によって収益業務の時間を増やす必要がある。

もちろん彼のような就業時間中の大学院通いは、すぐに利益を生まない非収益業務である。それゆえ会社からキャリアアップのためのチャンス、会計の世界でいうところの「機会人件費」を受け取っているという認識が必要になる。一方で経営者としての私は、この機会人件費を将来の収益を生むための重要な先行投資と位置付けている。

米国でMBAを取らせた社員が辞めてしまったという話は昔からよくある。そうなると投資額は回収できない。しかし、それは会社に魅力がないからであり、自業自得ともいえる。会社は金銭的な報酬だけでなく、働く喜び、満足感を与える場であることが大切だ。社員の自己実現意欲に投資を行い、新たな収益源の創造につなげていく。そうすることで双方がハッピーになれるのだ。

そういった意味で、大学院での研究を通し、より馬力が増していくだろう彼に対して私はある期待を寄せている。産学連携という環境のなかで、官庁や一流企業との人脈を築き、日本トップの国際税務事務所をつくる原動力になってもらうことだ。経済がグローバル化した一方で、国際税務を得意とするプロの不足は深刻だ。キャリアと理論の両翼を持った彼に先頭に立ってもらい、会社としてもステップアップしたいと考えている。