2010年7月中旬。外務省領事局政策課長の八重樫永規(48歳)は、捲っていた新聞の記事に何気なく目をとめた。東証一部上場の自動車部品メーカー、ユーシンの田邊耕二社長のインタビューだ。

「自分は高齢だが、後任の社長がいないので近く公募したいという内容でした。そのときは社長を公募するなんて、おもしろいなあと思いましたね」

7月25日。ユーシンは正式に「社長候補求む!」という募集広告を全国紙に掲載した。要件は「大卒以上で語学(英語)堪能、行動力、思考力に優れ、グローバル経営を任せられる若手(30~40代歓迎)のバイタリティに満ちた人」。そして年俸は3500万円以上――。

前代未聞の上場企業の社長公募に、メディアも大きく取り上げた。

興味を抱いた八重樫は、自動車業界やユーシンについて調べてみた。

「意外だったのはユーシンがトヨタや日産の系列ではなく、独立系企業だったことです。これまで社長が努力して注文を取りながら業容を拡大し、今後は海外の自動車メーカーからも受注していきたいという方向性に惹かれました。非常にやりがいがあるなと思ったのです」

じつは8月から在ニューヨーク総領事館の総務部長に異動することが決まっていた。応募を決意した八重樫は赴任前に履歴書を送付した。

ユーシンの社長公募は予想以上の反響を呼んだ。8月10日の受付期限までに、会社が当初想定していた300人を上回る1722人が応募してきた。海外経験豊富な商社マンや自動車・電機メーカーの社員のみならず、現役の社長、前県知事、外国人など多彩な人材が集まった。

しかし、社長の椅子は1つだ。選考プロセスは書類選考に始まり、経営幹部による1~2次の個人面接を経て、最後はグループディスカッションで決定する。

結果的に書類選考で70人を選び、最終選考に残ったのは約10人。自動車産業の将来やユーシンのあるべき姿をテーマに議論を行い、社長の”内定”を得たのが八重樫だった。また八重樫以外にも、応募者の中から副社長、本部長クラスを含む6人を選出した。

選考に際しては、田邊社長自ら候補者一人ひとりの面接に1時間を費やした。だが、英語力を除いて明確な選考基準があるわけではない。新卒採用と同じポテンシャル重視であり、最も重要なのが”地頭力”だと田邊はあっさり言い切る。

「地頭がよくないと経営者は務まらない。これは間違いないですよ。ガリ勉して東大に入っても使いものにはならない。彼(八重樫)は盛岡第一高校の野球部のキャプテンを務め、甲子園にも出ている。それだけ野球をやれば勉強をする暇もないのに一発で東大に入った。東大でも野球部のキャプテンをやり、6大学のベストナインに選ばれるが、外交官試験にも受かっている。たぶん地頭がよい可能性が高いだろうというのが選んだ理由です」