日本の女性たちをキャリアから遠ざける要因として、パートを含めた専業主婦に対する税や社会保障の優遇政策がよく挙げられます。『貧困専業主婦』の著者・周 燕飛さんは、これら加えて女性たちに「専業主婦コース」を選ばせてしまう「欠乏の罠」が存在すると指摘します――。

※本稿は、周 燕飛『貧困専業主婦』(新潮選書)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/kohei_hara)

生涯で億単位の逸失所得が発生することも

一定収入以下の有配偶女性に対する税や社会保障の優遇政策は、「専業主婦」コースを選ぶ際に発生する所得減を緩和する働きがあります。このため、政府が意図しているかどうかはわかりませんが、日本の女性たちが「就業継続」コースよりも「専業主婦」コースを選ぶよう、誘導する効果があります。

身近な例に置き換えて想像してみましょう。「就業継続」コースは、多くの身体的・精神的負担が伴います。せっかく仕事に復帰しても、いつの間にか補佐的な仕事ばかりが与えられて出世コースとは縁遠くなり、キャリアの展望が見えなくなることもあります。いわゆる「マミー・トラック」というキャリアコースに乗せられることです。子育て期とキャリアの停滞期がちょうど重なり、同期の男性よりも配置と昇進の面で不利となり、仕事にやりがいを感じられなくなる女性も多いことでしょう。

「専業主婦」コースを選択すれば、こうした葛藤からある意味で解放されます。むろん、その対価は、所得の減少です。専業主婦になった期間、賃金収入を失うだけではなく、仕事復帰後の収入も本来よりも低いことでしょう。専業主婦を選択することによって失われた逸失所得のことを、経済学では「機会費用」と呼びます。機会費用の中では、仕事復帰後における将来収入の低下が特に大きいことが知られており、「専業主婦」コースを選ぶことは、生涯で億単位の逸失所得が発生することもあります。

将来の高収入より、今の負担減を選んでしまう

問題は、こうした機会費用は、生涯にわたり少しずつかかるものであり、その金額の大きさが意識されにくいことです。一方、税や社会保障の優遇政策の恩恵は、機会費用に比べれば金額がはるかに及ばないものの、とても身近で金額もはっきりと分かります。

将来の高収入を選ぶか、現在の身体的・精神的負担減を選ぶか。長いタイム・スパンで考えれば、「就業継続」コースを選ぶ方が、より高い収入と消費水準を享受できます。一方、短いタイム・スパンで考えれば、身体的・精神的負担の軽減に加え、家事生産の「帰属所得」と税や社会保障政策の優遇は大きく、「専業主婦」コースを選ぶ方が有利のように思えるのかも知れません。経済学の用語で、将来の消費よりも、現在の消費を好む程度を「時間選好率」と呼びます。一般的には、時間選好率の高い人ほど、短いタイム・スパンで物事を決める可能性が高くなります。