ただ、それだけでは人は動きません。苦境に陥ったメーカーを立て直すのは何をおいても商品です。これは20数年前にアサヒビールが経験したことです。アサヒビールは通称「コクキレビール」と、それに続く「スーパードライ」の大ヒットで息を吹き返しましたが、アサヒ飲料では利益率が高い主力商品の缶コーヒーを立て直すことで、一挙に劣勢を挽回できるのではないかと考えました。

缶コーヒーブランドの「ワンダ」を再生する。そのための調査は、私の着任以前から行われていました。それで明らかになったのは「缶コーヒーの4割以上は朝飲まれている」ということです。

「だったら、朝飲まれる缶コーヒーをつくろう! 昼間や夕方には飲まれなくてもいいから、これだけを徹底しよう」

知恵を出し合った結果、私たちはこのような結論に達しました。4割の顧客をむために、6割の市場を捨てるということです。なぜそのような決断ができたのかというと、私たちには「後がなかった」からです。これはスーパードライを発売したころのアサヒビールと似ています。当時の経営陣には「これに失敗したら身売りをするか、さもなければ会社が存在できなくなる」というギリギリの危機意識があったはず。アサヒ飲料もそんな状況に追い込まれていたのです。

赤字会社が新商品のために割ける予算は限られています。その中では、中途半端な投資をするのではなく、資源を一点に集中する必要があります。また、中身を変えるだけでは他社のブランドに敵わないので、ネーミングやパッケージでも「朝飲まれる」ことを強調しようと決めました。缶コーヒーはとりわけ学生や建築現場に向かう人、長距離の運転手さんといった人たちが糖分補給や気付けのために飲むものです。新商品はこうした人に向けて「朝専用」をうたう「ワンダ モーニングショット」として結実し、幸い市場でも好評を博しました。

ヒット商品という「売れる環境」を本社が用意したことで、営業現場にも活気が戻ってきました。個々の営業マンが自信を持ちはじめ、売り方にも次々とアイデアが出てくるようになりました。こうしてアサヒ飲料は正のサイクルに入ることができたのです。

そのことで思い出すのは、コクキレビールの発売前でアサヒビールのシェアがどん底だったころの経験です。私は関東支店の販売課長として支店のメンバーとともに悪戦苦闘していました。当時、私が心がけたのは、部下たちに小さな成功を体験させるということでした。