トヨタ自動車の豊田章男社長が今年5月、母校であるアメリカの大学で行ったスピーチが話題だ。コミュニケーションストラテジストの岡本純子氏は「豊田社長はアメリカの聴衆に合わせる努力をしていた。今年6月、お笑い芸人のゆりやんレトリィバァが、アメリカの公開オーディション番組で高い英語力をみせたが、2人のコミュ力には共通する極意がある」という――。
14分20秒のスピーチ動画を「トヨタイムズ」内で公開(画像=トヨタイムズ

トヨタ社長のプレゼン「自分だけのドーナツを見つけよう」は必見

「日本の経営者で最もプレゼンやスピーチが上手なのは誰か?」

筆者は、企業エグゼクティブ向けのパブリックスピーキングのコーチングを生業としている。企業の経営幹部に最もよく聞かれるのが、この質問だ。あえて具体的な名前を挙げれば、言葉選びのうまさとカリスマ性ではソフトバンクの孫正義社長や日本電産の永守重信会長。また威風堂々としたたたずまいとパワーでは資生堂の魚谷雅彦社長が思い浮かぶ。

そんな中で、「人一倍の努力をしている」と感じるのはトヨタ自動車の豊田章男社長だ。コミュニケーションに並々ならぬ情熱を傾けていることは間違いない。

その一端をうかがわせる動画が最近、話題を集めている。豊田社長が今年5月18日にアメリカの母校、バブソン大学(慶應義塾大学法学部卒業後にバブソン大学経営大学院へ進学)の100周年の卒業式で行ったスピーチの映像だ。「さあ、自分だけのドーナツを見つけよう」と題された14分強の「送る言葉」。時間をかけて練り上げたと思われるスクリプトと貫禄のデリバリーで、会場は大いに沸いた。

スピーチは、「大切なことだけ言います。皆さんの中には、卒業後にどんな仕事に就けるか、不安に感じている人もいると思います。どこの会社が自分に仕事のオファーをしてくれるか不安に思っているかもしれません」と深刻な雰囲気で始まる。

その後、「皆さんの卒業後はトヨタでの職を保証します」とリップサービスをしたかと思うと、「まだ人事部の許可は下りていないんですが」と笑いを取る。

「つまんねえヤツ」から「夜の帝王」へ変貌

さらに、個人的な思い出やストーリーを、こんなふうにちりばめていく。

バブソン在学中の私を一言で言うと、「つまんねえヤツ」でした。ニューヨークで働きはじめたら、まるで失った時間を取り戻さんばかり、あれよあれよという間に「夜の帝王」ですよ。
(中略)
私が学生だった頃、ドーナツに楽しみを見いだしたんです。アメリカのドーナツは心躍る、衝撃的な大発見でした! みなさんにもそんな「ドーナツ」を見つけてほしいのです。
(中略)
子どものとき、タクシードライバーになりたいと確信していました。完全にかなったわけではないものの、非常に惜しいところにいます。ずっと自動車を運転して、ずっと自動車に囲まれていて、ドーナツよりも好きなものがあるとすれば、それは自動車です。

そして、「ゲーム・オブ・スローンズ」(人気ドラマ名)、「ヨーダ」(『スターウォーズ』の主要キャラ)、「トム・ブレイディ」(米アメフトの名選手)など、アメリカ人ならだれでも知っている固有名詞を挙げて、親近感を醸成した。