ケインズ、スミス……圧倒的な力を備えた古典を拾い読め

<strong>東京大学大学院 経済学研究科教授 吉川 洋</strong>●1974年、東京大学経済学部卒。78年、米国イェール大学大学院博士課程修了。96年より現職。2001~06年、08年~経済財政諮問会議民間議員を務める。
東京大学大学院 経済学研究科教授 吉川 洋●1974年、東京大学経済学部卒。78年、米国イェール大学大学院博士課程修了。96年より現職。2001~06年、08年~経済財政諮問会議民間議員を務める。

2008年のリーマンショック以来、ケインズやシュムペーターといった経済学の古典が見直されているが、非常に歓迎すべき風潮だと思う。

かの有名な投資家ジョージ・ソロスも、現状について非常に厳しい見方を示したうえで、「救いは1930年代の経験とケインズの処方箋」(ニューヨーク・タイムズ)と語っている。長く読みつがれてきた古典にはやはり圧倒的な力があり、現代に生きる私たちも学ぶところが多い。

ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』は、いわば「不況の経済学」である。なかでも12章「長期期待の状態」は、楽曲でいえば名調子の部分に相当し、拾い読みにちょうどいい。たとえば金融市場では人は直感ではなく付和雷同的に動くもの、こうしたことが有名な「美人コンテスト」といった比喩で述べられている。企業の投資についても冷静な計算ではなく、動かないよりも動きたいという人間の本性「アニマル・スピリッツ」によって決まるものだという興味ぶかい指摘がある。

目次や書評を見て気になった部分だけを読むのでも構わないと思う。また、『ケインズ伝』や『十大經濟學者』といった、伝記や解説から読み始めるのもよいだろう。

今の時代に応用できる一冊としては、シュムペーターの『経済発展の理論』もいい。先進資本主義国のマクロの動きを分析したもので、キーワードは「イノベーション」だ。「ニューコンビネーション」すなわち「新結合」という言葉で書かれてあるが、労働や資本が選ぶべきイノベーションの方向や、イノベーションの役割そのものが解説されている。

マルサスの『人口論』は、人口と食糧との衝突を説いた本だ。算術級数的にしか増やせない食糧というものはいつか幾何級数的に増加する人口に追いつけなくなるという理論から、貧困の必然性と人口抑制の必要を説いているある種のペシミズムである。今の時代に置き換えると、食糧は資源にそのまま当てはめられるだろう。

親しみやすいという点では、経済学の開祖と言われるアダム・スミスの『国富論』を推薦したい。「見えざる手」という有名な言葉で知られる経済学初の体系的な叙述である。舞台は資本主義が産声を上げた時代、18世紀のイギリスだ。そこで著者のスミス自身が実際に見たり、体験したエピソードも満載で、読みやすいだろう。

古典というほどではないが、ガルブレイスの『大暴落1929』は、55年に初版が発行されて以来、40年にわたって版を重ねている本の復刻版である。29年の米国の株価大暴落と、その後起こった世界恐慌との相関性を描いている。今の時代に重なる部分も多く見受けられるはずだ。