(3)心理的・感情的ニーズが存在する

数年前、ある会社の経営幹部が相談して、重役秘書の1人をサプライズ昇進させることにした。ドリスというこの重役秘書は勤続30年、定年まであと2、3年残すのみだった。経営陣は彼女の永年勤続を称え、褒賞を与えたいと思ったが、予算的な余裕はなかった。昇進は彼らの感謝の気持ちを伝えるすばらしい方法だと思われた。ドリスの職責は変わらないが、新しい肩書は彼女により高い地位と権威を与えることになるからだ。

経営陣がドリスに昇進を告げると、彼女は喜び、感謝した。給与が上がらないとわかっていても。しかし、それは最初のうちだけだった。同じような肩書の人々の中では自分が最も給与の低い社員であることに気づいたとき、彼女は大きな不満を感じるようになった。彼女は昇給を要求したが、拒否された。

数週間足らずのうちに、ドリスはこのような低待遇しか受けられないのならと、辞職を決意した。そうすることで彼女は、定年までの2、3年を棒に振っただけでなく、退職給付の減額という不利益も被った。辞めるという決断の結果、彼女は要求した昇給額の何倍もの額を失ったのだ。彼女を喜ばせようとした幹部たちは「ドリスはなぜあのような不合理な行動をとったのか」と、当惑を隠せなかった。

この事例では、重要なのは金銭と地位だけではないということを経営陣は十分認識していなかった。ドリスの公正さや公平さの感覚も重要な役割を果たしたのだ。好意で与えられた新しい肩書によって、ドリスは、自分は不当に低く評価されていると感じるようになったのだ。

社会心理学者はかなり以前から、人間は自分自身の客観的な結果を評価するだけでなく、「自分と類似した他者」との社会的比較も行うことを理解している。ドリスの新しい肩書を考えると、彼女の新しい「自分と類似した他者」は、彼女より高給をもらっていた。その結果生じた不公平感、屈辱感は、ドリスにその肩書を捨てて大きな金銭的賭けをさせるに十分だったのだ。

相手を不合理な人間とすぐに決めつけるネゴシエーターは、大きな代償を払う危険をおかしている。相手を不合理とみなしたら、選択肢は限られてしまう。相手は不合理なのではなく単に情報が不足しているか、制約を受けているか、意外な心理的ニーズに従って行動している可能性もある、ということを認識すれば、より多くの選択肢を持つことができる。そして、選択肢が多いほど、効果的に交渉を進めることができるのだ。

(翻訳=ディプロマット)