平井伯昌●1963年、東京都足立区生まれ。早稲田大学卒業後、小学校入学と同時に水泳を始めた東京スイミングセンターに入社、水泳指導者に。アテネ・北京で2冠を連覇した北島選手を中学2年生から指導する。

「日本人は勝負弱いな」と五輪のたびに皆が思ってしまうのは、もはや国民的恒例行事みたいなものだ。実際、メンタルの弱さから自滅したとしか思えない選手が毎度出てくるのだから、仕方ない気がする。

それを思えば、アテネ・北京と2冠連覇した北島康介の強さは、日本人としては破格のものだ。とくに勝つことを宿命づけられた北京での勝利は、彼の規格外の強さを証明して余りあるものであった。しかし、その強さは、彼が独力で築き上げたわけではない。多くの人の支援あってのことだ。とりわけ早くに彼の才能を見出し、育て上げた平井伯昌コーチの手腕なくして、彼の強さが生み出されることはなかったと断言してよい。

平井の指導観を示す言葉を1つ挙げれば、たぶん「勇気」である。しかし、それはスポーツ界で普通に使われる「勇気」ではない。世界を目指すとき超えなければならない「常識や固定観念」といったもの、それらとの戦いに向けた「勇気」というのがその意味である。それは、彼の指導思想を鮮やかに表現している。どういうことか。

たとえば、平井は、選手の長所を伸ばすことに重点を置くため、欠点の克服を重視する世間の常識とは正反対の指導をしてしまう場合がある。「前半に強く後半に弱い」タイプであった北島に対し、「ならば前半を世界新ペースで泳げ」と指導したというのは、その典型である。もちろん北島の特性を熟知するがゆえのことであったが、世間の常識からは明らかに逸脱していた。

高地トレーニングにしてもそうだ。一般に持久力強化を目的とするそれは、当時の常識では、短距離選手には意味がないとされていた。しかし、平井は、スピードアップを主目的とし、従来とは異なる方法で北島を鍛え、その成果をもって、常識を見事に打ち破る。

平井伯昌コーチに見る「勇気を育てるEQ(感情知能)力」
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平井伯昌コーチに見る「勇気を育てるEQ(感情知能)力」

こうした掟破りは、平井だけでなく、北島にとっても勇気のいることであったはずだ。彼とて人生を懸けている。コーチの思いつきの犠牲になりたいはずもなかったろう。それでも彼がそれを受容したのは、それが世界にいくために必要な「勇気」であることを、彼もまた十分に理解していたからにほかならない。

実際、平井が北島に要求しつづけたのは「普通の人間と同じ価値観ではないものを、勇気をもってやる」ことであった。世間に振り回され、自分を無理に常識の枠に当てはめ、揚げ句の果ては自滅していく。そういう日本的メンタリティから自由でいること。それを共通の信念としえたからこそ、彼らは長く師弟であり続けることができ、そして世界で勝つことができたのである。

「勇気をもって、ゆっくり行け」という、北京五輪での平井の名言は、偶然のものではない。それは、2人が共有した信念の、最終確認の言葉であった。その言葉で平井が北島の背中を押したとき、もはや勝利は必然だったのである。