東芝副社長(次期社長)佐々木則夫(ささき・のりお)
1949年、東京都生まれ。72年、早稲田大学理工学部卒業後、東芝入社。原子力事業部原子力技術部長、原子力技師長、原子力事業部長、執行役常務、同専務などを経て2008年に取締役代表執行役副社長。09年6月に社長就任予定。


 

東芝は西田厚聰社長が6月に会長に就き、佐々木則夫副社長が社長に昇格する人事を決めた。

佐々木氏は東芝の本流ともいえる重電畑を歩み、原子力事業に長らく携わってきた人物だ。社長へのステップとなったのは2006年の米原子力大手ウエスチングハウス(WH)の買収。三菱重工業に競り勝ったWH買収で、佐々木氏は中心的な役割を担った。

東芝のWH買収は、三菱重工と仏アレバ社、日立製作所と米ゼネラル・エレクトリックの提携という原子力業界の世界的な再編を引き起こす契機となった。原子力事業で実績を残し、08年6月に専務から代表執行役副社長に昇格し、佐々木氏は次期社長の有力候補となっていた。

半導体と原子力への巨額投資、次世代DVDでの激しい規格争いと果断の撤退劇。「選択と集中」「攻めの経営」を続けた西田氏の跡を継ぐ。

西田氏は良くも悪くも大見得を切れる派手な経営者だった。次世代DVDの規格争いでは形勢不利を承知で、ブルーレイ陣営を挑発し続け、悪びれず堂々の敗北宣言。経営説明会でアナリストをねじ伏せ、市場価値を高める手腕は「西田マジック」とも呼ばれた。

だが、西田東芝への市場評価は未曽有の経済危機で一変する。半導体不況により、東芝は09年3月期に過去最悪の2800億円の連結営業赤字に転落する。原子力など社会インフラ事業は1200億円の営業黒字を見込むが、半導体など電子デバイス事業は3400億円の赤字に陥る見通しだ。

1月下旬に公表した「収益改善に向けた体質改革プログラム」では、半導体事業の構造改革と社会インフラ事業への経営資源のシフトが収益改善の方策として示された。重電への原点回帰。時宜を得た必然の社長指名である。