ドル基軸通貨体制の維持は、米国の経常収支赤字拡大と金融危機の歴史を繰り返しかねない。複数基軸通貨体制へのシフトに努める必要がある、と筆者は説く。

変動為替相場制度はなぜ20世紀最大の失策なのか

昨年11月、G20「世界金融危機」サミットを前にして、麻生太郎首相がドル基軸通貨体制を維持しなければならないと発言すると、その直後にサルコジ・フランス大統領がドルはもはや基軸通貨ではないと答えた。ドル基軸通貨体制についてはG20「世界金融危機」サミットにおいて議論されるかと期待されたが、結局は議論されずに終わった。

PRESIDENTでは、筆者が「『グレシャムの法則』から見た基軸通貨ドルの明日」(2008年10月13日号)と「『通貨危機』ユーロ、『迷走』ドルの真相」(08年12月15日号)というタイトルで文章を載せ、昨今の世界金融危機の中において、ユーロやアジア通貨と比較しながら、ドルの為替相場の動向を解説し、その将来の行方を占った。その中で、ドルが基軸通貨として存在することそのこと自体がドルの価値を少なくとも短期的には維持していることを解説した。

そんな中、筆者は、この正月にサンフランシスコで開催されたアメリカ経済学会に参加してきた。昨年のアメリカ経済学会でもサブプライム・ローン問題を取り扱うセッションがあったが、今年のアメリカ経済学会では昨年以上に世界金融危機を取り上げたセッションが設けられ、多数の研究者が議論を戦わせていた。その中でも、ノーベル経済学賞受賞者(ローレンス・クライン教授やロバート・マンデル教授など)がパネラーとなったラウンドテーブルでは、“Where Is the World Economy Headed?”(世界経済はどこへ向かうのか?)と題して、世界金融危機および世界金融危機後の世界経済の行方が議論された。なかでも、筆者が最も印象に残ったのは、マンデル教授が20世紀の最大の失策は変動為替相場制度を導入したことだと発言したことである。

マンデル教授は、ユーロのような単一共通通貨が円滑に流通しうる地域、すなわち、最適通貨圏について理論的に考察したことも含めて、国際マクロ経済学および国際通貨の一連の研究が評価され、1999年にノーベル経済学賞を受賞した。その最適通貨圏の理論を応用させて、教授はユーロ誕生の議論にも貢献したと評価された。彼が最適通貨圏の理論で想定していたのは、必ずしも単一共通通貨ではなかった。むしろ固定為替相場制度を採用することができる国々の範囲を規定しようというものであった。それが、ユーロのような単一共通通貨に応用されたのである。実際に、今年の1月にスロバキアが加わって、EU16カ国で単一共通通貨制度(通貨同盟)が締結され、ユーロ圏が形成されている。そのユーロ圏の理論的な拠り所となっているのが最適通貨圏の理論である。