そこで就任時に私はさまざまなカンパニーの若い社員に会って直接話をする機会をつくろうと思い、まずは400人の社員に会うことを宣言しました。

伊藤忠商事には約4000人の社員がいます。私が400人に会って、その一人一人が私と話したことを10人に発信すれば4000人になる。その人たちがまた10人に発信すれば、グループの4万人になる。そういうロジックで、各地の社員と懇談の場を重ねてきました。フェース・トゥ・フェースのコミュニケーションで600~700人くらいの若手社員と対話をしてきた計算になります。

気楽な懇談会形式とはいえ、社長相手ですから、「言いたいことを言ってみろ」と言っても、なかなか言い出しにくいものです。そんなときは顔を上げている人、こちらをじっと見つめて何か言いたげな人から声をかけてみる。誰か1人が切り出せば、2人目、3人目と出てきます。

一期一会ではありませんが、せっかくの機会です。多くの人からいろいろな話を聞きたい。それは自分のためでもあるし、ひいては会社のために、社会のためになる可能性があると思っています。

社内では常々、「愛情を持て。愛情の反対語は無関心だ」と言っています。愛情とは、相手に関心を持つこと。それがコミュニケーションの基本です。社員一人一人が愛情=関心を持っていれば、企業のコンプライアンスなどというものは絶対に心配ない。今の時代は会社組織でも、家庭においても、社会全体でも、他者への関心が薄い。つまり、愛情が足りていないように感じます。

上司のコミュニケーションスキルの定番である「褒める」「叱る」にしても、愛情=関心があればこそです。私は全身で関心を表すタイプなので、あまり露骨に褒めたりしません。しかし叱るときは、注意を払い、内容に応じて具体的に叱ります。叱るのは、同じミスを2度繰り返したとき。それからやはり、勉強や分析をしていないときです。

叱る場面は最近は随分減りましたが、部門長の頃は打たれ強いタイプの部下に叱られ役になってもらい徹底的に鍛えました。あまりに私が叱るので、その部署では一時期、謝罪文を書くのが流行ったほどです。