もし家族が認知症になったら。それは誰もが「恐れている」ことだろう。しかしそれは、本当に怖いことなのか。脳科学者の恩蔵絢子氏は、自身の母親が認知症になった経験を『脳科学者の母が、認知症になる』(河出書房新社)にまとめた。恩蔵氏が考える「認知症の家族にできること」とは――。

「認知症かも」でも、見て見ぬふりをした理由

アルツハイマー型認知症になることには、多くの人が恐怖を抱いています。自分が今まで簡単にできていたことができなくなってしまうのは嫌だし、大切な家族のことまで忘れてしまうなんて冗談じゃない、と。小説やドラマを見て、「こんなふうになるのだけはいやだ」と私の母親も常々言っていたものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Xesai)

その母親が、2015年秋にアルツハイマー型認知症と診断されました。私にとって、それは大変なショックでした。なぜなら私は、2002年から茂木健一郎氏のもとで脳科学を学んできた脳科学者だったからです。しかし、母親を病院に連れて行くまでに10カ月もかかってしまいました。

脳の専門家だから、母親が変わった振る舞いをするたびに「アルツハイマー病かもしれない」とは予想していました。ですが、この病気にはまだ有効な薬がない。診断されたところで困るだけだと思っていました。それで10カ月もの間、毎日の症状を見てみないフリしたのです。

しかしながら、ひとたび病院に行ってみると、状況は変わりました。病気と実際に向き合ってみると、それは事前の想像とは全然違っていました。病気自体を「治す」ことはできなくても、「やれる」ことはたくさんあることに、私は気が付いていったのです。

アルツハイマー型認知症にできること

病院に行ったら、具体的に脳のどの部位が萎縮し、活動が落ちているかがわかりました。

母親の場合、記憶の中枢である海馬の萎縮が大きかった。

海馬が萎縮すると、既に蓄えていた古い記憶には問題がありませんが、新しいことを覚えることが難しくなります。だから、さっき言ったばかりのことをまた聞くし、やると言っていたことをやらずにおいてしまいます。

それから、その人が得意だったことができなくなってしまいます。私の母親は、今まで手際よくやっていた料理をしようとしなくなっていました。

それはこのように起こります。

おみそ汁を作ろうとして、水をいれた鍋をコンロに置く。そして大根を刻み始める。すると大根を刻んでいる間に、おみそ汁を作ろうとしていたことを忘れてしまうのです。なんのために自分が大根を切っているのかがわからなくなるので、作業を目的通りに遂行することができなくなるのです。